第70回:おもちゃのまち -東武宇都宮線-
更新日2004/09/16
子供の頃、どこかの壁に貼られた路線図でおもしろい駅名を見つけた。"おもちゃのまち"である。どんな駅だろうと空想した。子供向けのテレビ番組で、エンディングに子供がひとりずつ大木の中に入り、木の中に並んだおもちゃをもらって出てくる場面があった。おもちゃに囲まれていたい、という願望は、誰もが経験していると思う。
"おもちゃのまち"駅は、おもちゃがいっぱいある駅だろうか。それとも、おもちゃのような町並みに隣接した駅だろうか。いつか行ってみたいと思っていた。その駅は東武宇都宮線にあり、その路線に乗れば、私は東武鉄道の全路線踏破を達成する。路線図を見渡すと、同じく未乗路線の関東鉄道常総線、総武流山電鉄がある。今回はこの3路線を巡ろう。近郊路線だからスケジュールは立てない。
東武浅草駅8時10分の快速列車に乗る。東武の快速列車は私のお気に入りである。今回で東武鉄道を完乗するから、しばらく乗る機会はないだろう。相変わらずの俊足で栃木着9時25分。東武宇都宮線の電車に乗り換える。4両編成の銀色の電車は、あとからやってきた特急スペーシアの乗り換え客を待って、9時42分に発車した。スペーシアで来ても良かったな、と思う。移り気な性分である。
東武宇都宮線は単線のローカル路線だった。
東武宇都宮線は単線だ。宇都宮市は人口45万人に届きそうな大都市だというのに、東武鉄道は都内と宇都宮の輸送を重視していないらしい。乗り換えの便は良いけれど、直通列車は1往復だけだ。もっとも、JR東北本線が直線で結んでいるから、勝負にならない。都心から日光方面は東武の勝ちだから、宇都宮で勝負する必要はないのかもしれない。
住宅の目立つ田園地帯を走り、10時過ぎに "おもちゃのまち" に到着した。さぁどんなところか、と見渡すけれど、何も特別なことのない殺風景な駅だった。しかし落胆はしない。今回、私は珍しくインターネットで下調べをしている。この風景は予習通りというわけだ。それにしても、駅名に合わせて、もっと楽しい駅舎にできなかったのか。線路に沿って建売住宅が並び、パステルカラーの壁の色がドールハウスのようだ。しかし、これは駅名に合わせようと意図したものではないだろう。
おもちゃのまち駅。
"おもちゃのまち"駅は、1965(昭和40)年に開業した。近隣地域が開業の3年前から工業団地におもちゃ産業を積極的に誘致していたため、駅名もおもちゃに因んだ。なぜここにおもちゃ産業が、と思うけれど、玩具業や玩具問屋は浅草界隈に多かったから、おそらく東武鉄道の貨物、旅客列車の便を考慮したのかもしれない。工業団地といわれれば、確かにこの駅の様式は工業地帯に似合う。近くにはトミー、バンダイ、タカラなどの有名企業が工場を構え、12月には地元の人々に向けてチャリティーセールも開かれるという。
駅から離れた場所に"おもちゃの博物館"という、それらしい施設がある。案内書に "駅からタクシーで5分"
とあるが、駅前にタクシーの姿はない。そのかわり、地下の駐輪場で自転車を貸してくれる。1日400円。まず1,000円を預け、自転車を返却するときに600円を返却する、というきまりになっていた。管理人に道順を聞くと、略地図を指しながら、ここから坂道があって……、と気になることを言う。しかし、走ってみればほぼ平坦な道だ。ママチャリでのんびり走って約20分。田園をゆくサイクリングである。
田園をサイクリング。
おもちゃの博物館は城をかたどった小さな建物だ。1階の展示物はまるっきり子供向けで、私には何の感想もない。しかし2階は興味深い展示品が多い。おもちゃの歴史を実物と共に見せる、という趣向になっており、私が子供の頃に遊んだおもちゃ、欲しくて何度もねだったおもちゃが並んでいる。誰しもおもちゃで遊んだ記憶があるわけで、つまり、どの世代にとっても懐かしいものがある、ということだ。ひとりで訪ねても楽しめるけれど、子供連れはもちろんのこと、懐かしいおもちゃをきっかけに、友人や恋人と子供の頃の思い出を語り合うにも良さそうだ。
おもちゃ博物館。
1時間ほど見物して、自転車で駅に戻る。おもちゃ工業団地を眺めに行きたかったけれど、雨が降ってきたので引き返す。今日の旅はここから先、ずっと小雨になるけれど、自転車に乗っているときだけは降らなかった。
駐輪場へ自転車を返却し、薄暗い地下道を抜け、切符を買って東武宇都宮線のホームに入ると、モーター音を響かせて古い電車がやってきた。眺めていて飽きず、乗って楽しく。これが現在の私のおもちゃ……と言いたいが、博物館で仕入れた知識によると、"遊び道具=おもちゃ"ではない。おもちゃの語源は"もてあそぶ"であり、手に持って遊ぶものだそうだ。
-…つづく
第70回~ の行程図
(GIFファイル)