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■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと
 

第512回:流行り歌に寄せて No.307「神田川」~昭和48年(1973年)9月20日リリース

更新日2025/09/25



私の青少年期、東京に強い憧れを持つきっかけとなったことが二つあった。
まず一つは、日活映画の『若草物語』を観たときである。昭和39年(1964年)の大晦日に封切りされた作品で、私は映画館ではなく、テレビの放映で、確か中学3年生の頃観た。

大阪出身という設定の芦川いづみ、浅丘ルリ子、吉永小百合、和泉雅子の四姉妹が、東京の街を舞台に繰り広げる青春ドラマである。

こんなに華やかな女性たちが、羽田空港、東京駅、東京モノレール、首都高速、国立代々木競技場、日比谷公園、銀座のデパート、そして東京タワーに出没して、奔放に動き回るのだ。

「東京って、なんて素敵なところなんだろう」心の中に、強く焼き付けられた。

そして、もう一つは、今回の『神田川』を聴いたときである。高校3年生の秋、10月末ぐらいだったか、大学受験の追い込みシーズンだったが、友人から電話が入った。

「今まで聴いたことのないようなええ曲があるで、いっぺん聴いてみやあ。最近、ラジオでよう流れとるでね。聴いたらぜったい歌いたくなると思うで、コード教えとくわ。Em B7 Em C D7 G B7 ……。」

親切な友人だった。教えて貰ってから間もなくして、やはりラジオで聴くことができた。ヴァイオリンから入るイントロ、抒情性のあるメロディー、やさしくて張りのある高音のヴォーカル、確かに今まで聴いてきた音楽とは違う印象の曲だった。

テープ・レコーダーに録音して、何度も聴くうちに「僕はこの曲のように。東京に行って、髪の長い女性とアパートで一緒に棲むのだ。東京だ。東京でなくてはダメなのだ」と、強く思い込むようになった。まったく恥ずかしいほど単純だが、この時分の若者というのは、そんなものかもわからない。

林静一の『赤色エレジー』や上村一夫の『同棲時代』などのコミックの題材となった、「同棲」という男女の恋愛のスタイルが、この頃から浸透し始めていた。そして、それがそのまま結婚という流れになった例も多くあったが、若さゆえに傷つけあって破局を迎えるというケースの方が多かったように思う。

そして、悲恋という結末があるからこそ「同棲」というものは、甘く、妖しく、そして危なっかしいものであった。

今の若い人たちの中では、恋愛中にどちらかの実家で一緒に住むことが普通に行なわれていると聞くが、自分にはよく理解できない。そんなのは、ちっとも妖しくないではないか。

さて、この曲は、その後、揶揄気味に語られる「四畳半フォーク」のはしりだとされ、同世代のシンガーたちに批判されたり。少し離れた若い世代によって疎んじられたりした。

意味は違うが、今でも「この曲が、僕の東京暮らしの原点」などという話を、比較的若い人たちとの会話の中ですると、一瞬「はあ?」と怪訝そうな顔をされることがある。何でわざわざ貧乏たらしい生活をするために東京に出てくるのかが分からないと言うのである。

あの頃の「貧乏暮らし」は、ある意味ままごと遊びのようなところがあった気がする。たいがいの人は、そんな生活からいつかは抜け出し、「まとも」な社会人となって、その時代を懐かしんだりしている。今とは「貧困」の質が違うように思う。

かなり多くの若い人たちにとっては、今は充分貧乏なのであり、これ以上貧しくなりたくないと考えているから、そんな甘い話は聞きたくないのだろう。


「神田川」 喜多条忠:作詞  南こうせつ:作曲  木田高介:編曲  南こうせつとかぐや姫:歌

貴方は もうわすれたかしら

赤いてぬぐい マフラーにして

二人で行った 横丁の風呂屋

一緒に出ようねって 言ったのに

いつも私が 待たされた

洗い髪が 芯まで冷えて

小さな石鹸 カタカタ鳴った

貴方は私の からだを抱いて

冷たいねって 言ったのよ

 

若かったあの頃 何も恐くなかった

ただ貴方のやさしさが 恐かった

 

貴方は もう捨てたのかしら

二十四色の クレパス買って

貴方が描いた 私の似顔絵

うまく描いてねって 言ったのに

いつもちっとも 似てないの

窓の下には 神田川

三畳一間の 小さな下宿

貴方は私の 指先見つめ

悲しいかいって きいたのよ

 

若かったあの頃 何も恐くなかった

ただ貴方のやさしさが 恐かった

 

「かぐや姫」というグループ。フォーク好きな方はよくご存知だと思うが、メンバーの編成によって第1期と第2期があり、グループ名も微妙に変化している。

第1期。メンバーは、南こうせつ、森慎一郎、大島三平で、グループ名は「南高節とかぐや姫」、昭和45年10月25日に『酔いどれかぐや姫』で日本クラウン/PANAMからレコード・デビューをしている。

その後に「南こうせつとかぐや姫」と名義を変え、第1期では3枚のシングルと1枚のアルバムを出して、約1年間で活動を終了した。

第2期。南こうせつが、高校の後輩だった伊勢正三、「シュリークス」を脱退した山田パンダを誘って、再び「南こうせつとかぐや姫」として結成し、昭和46年9月25日に『青春』でデビューした。

『神田川』は5枚目のシングル・レコードである。(次のシングル『赤ちょうちん』からは、グループ名をリーダー名を外して「かぐや姫」と変更している)

第1期時代のB面曲『マキシーのために』の作詞を受けるなど、以前から南こうせつと親交のあった、放送作家の喜多条忠。彼が早大時代に1年間同棲生活をしていた頃の思いを「総括」するつもりで詞を書き上げた。

早速、これを曲にすることはできないかと南こうせつに電話をし、歌詞を伝えたところ、南は近くにあった新聞の折込チラシにそれを書き取りながら、思いついたメロディーを口ずさんだという。これは彼としても初めてのことで、電話を切って3分後には、もう曲が完成していた。

ヒット曲が生まれる時の話は、大変興味深いものだが、意外と短時間ででき上がってしまったというものは少なくない。電光石火というのか、何か閃きと閃きがぶつかって、化学反応を起こしたように生まれてしまうものかもわからない。

さて、喜多条忠は、この曲のヒットをきっかけに、かぐや姫の『赤ちょうちん』『妹』を始め、多くの歌手たちに曲を提供し、ヒットさせている。

アグネス・チャン、柏原よしえの『ハロー・グッバイ』、梓みちよの『メランコリー』、風の『星空』、キャンディーズの『やさしい悪魔』『暑中お見舞い申し上げます』『アン・ドゥ・トロワ』、沢田研二の『ロンリー・ウルフ』、中村雅俊の『いつか街で会ったなら』、南こうせつの『今日は雨』、山田パンダ、吉田拓郎の『風の街』などなど。

これらの曲のほとんどの1番の歌詞を、私は歌える。やはり、かなり彼の影響を受けているようだ。

編曲の木田高介は、ジャックス、六文銭、ザ・ナターシャ・セブンの元メンバー。多種の楽器の演奏をこなし、アレンジャー、プロデューサーとして、その才能を遺憾無く発揮する。

五つの赤い風船、フォーリーブス、かぐや姫、バンバン、トワ・エ・モア、りりィなどを手掛けて、質の高い音楽を提供した。

しかし、昭和55年5月18日、山梨県の河口湖沿いを車で運転中に事故を起こし、同乗のスタジオ・ミュージシャン、阿部晴彦とともに亡くなった。31歳の若さだった。

翌月の6月29日、日比谷野音音楽堂で開かれた「木田高介・阿部晴彦追悼コンサート」には、当時のいわゆるニュー・ミュージックの関係者のほとんどと言って良いほどの人々が参加した。

昭和50年に解散したかぐや姫も、この追悼コンサートでは再結成して参加している。

-…つづく

 

 

第513回:流行り歌に寄せて No.308「なみだの操」~昭和48年(1973年)11月5日リリース


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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
Lis. master's voice
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※2024年11月30日、「BAR Lismore」は閉店いたしました。


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