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第503回:流行り歌に寄せて No.298「忍ぶ雨」~昭和48年(1973年)7月25日リリース

更新日2025/05/22



今回は、レコードの発売順で行くと、昭和48年6月に出された夏木マリの『絹の靴下』になり、この曲について書こうと思ったが、私にはその翌年にリリースされた彼女の曲『お手やわらかに』の方が、強いインパクトがあるので、その時に併せて書いてみようと思う。

また、この頃の曲は、私にとって思い出深いものばかりなので、若干順番が前後するが、この曲について書いてみたいと思ったものから手をつけていきたいと思っている。どうぞ、そこのところはご容赦ください。

ということで、今回は、あの紫の詰襟学生服を着て高校1年生の時にデビューした藤正樹の『忍ぶ雨』である。

最初あの姿を見た時は、東京のどこかの私立高校の制服かと思った。そして、少しライト・フィールダー的な匂いも感じた。何か怖かったのである。ところが、彼が静岡県藤枝市出身ということで、芸名を藤とし、制服の色も藤色を使ったことが後でわかった。(本名は早川雅基、名前の方は音は同じで、漢字を変えている)

この曲のデビュー・シングルのジャケットでは、黒い詰襟学生服を着ている。黒い詰襟学生服のレコード・ジャケットと言えば、舟木一夫の昭和38年の『高校三年生』が有名である。

藤正樹は高校一年生。しかも、舟木一夫の方は、まさに高校生活を謳歌する曲の内容だが、藤が歌ったのは、恋やつれした女性の気持ちを歌った曲である。10年の間に、大きな時代の変化を感じる。

というよりも、あの坊主頭で制服を着た男の子に渋い低音で、女心を歌わせる、藤のスタイルは、あの時代の大人たちが仕掛けた際物(キワモノ)的な造形物だったのではないか。山口百恵に「青い性路線」を歌わせるのに近いような。

ある意味、曲を売るためには「こんなので行ってみようか!」的な、何でもありという風潮があったことは、否めないと思う。

彼は『スター誕生!』で、まだ中学3年生の時、昭和48年3月に、美川憲一の『新潟ブルース』を歌い、第6回グランドチャンピオンになる。その4ヵ月後に、キャニオンレコードから15歳で『忍ぶ雨』でデビューしている。

所属事務所は、森昌子、山口百恵と同じホリプロで、キャッチフレーズは、その頃大人気だった競走馬にあやかり「演歌の怪物ハイセイコー」だった。

 

「忍ぶ雨」  阿久悠:作詞  新井利昌:作曲  竜崎孝路:編曲  藤正樹:歌


傘をさす手の か細さが

長い不幸を 物語る

路地の石段 夜更けに帰る

弱い女の 弱い女の 忍ぶ雨

 

東京 はなれて 西へ行き

なじみない町 さすらって

胸の未練を 捨てたいものと

生きる女の 生きる女の 忍ぶ雨

 

恋にすがって 捨てられて

恋にやつれた このからだ

誰をうらんで いるのでないが

やせた女の やせた女の 忍ぶ雨

 

作詞は、『スター誕生!』からの流れだと思うが、阿久悠が手掛けている。今までは、彼の、どんな時でもその情景が浮かんでくるような作品とは少し違う、何かベタな演歌だと思っていたが、今回詞をもう一度よく見てみると、さすがに阿久作品だと思えた。

2番の歌詞が良いと思う。通常、歌番組では、時間の関係で1番と3番しか歌わないケースが多いが、実は2番に魅力のある曲が少なからずあるのだ。1番と3番だけ聴いただけでは理解できない、この女性の意志というものが感じられると思う。

作曲は、瀬川瑛子の多くの曲を手掛けたことで有名な、荒井利昌。このコラムで4年ほど前に書いた『長崎の夜はむらさき』(第227回)でも少し触れているが、今回とむらさき繋がりがあって面白い。

編曲の竜崎孝路は、まさにマルチ・チャンネル・アレンジャーで、その時代、時代の要請に見事に応えてみせる、稀有な存在である。天地真理をはじめ、夥しい歌手の曲を手掛ける。ペドロ&カプリシャスの初代ピアニストであり、多方面のキーボード奏者としても大活躍している。


藤正樹は『忍ぶ雨』の4ヵ月後、阿久、新井コンビで(編曲は矢野立実)やはり女性の情念を歌った『恋やつれ』を出すが、こちらはあまり芳しい売り上げにはならなかった。

そして3曲目は、路線をガラッと変えて、西沢爽:作詞、遠藤実:作曲の『あの娘がつくった塩むすび』。急に等身大というか、彼の年齢に見合った曲を、演歌の大御所二人に提供された。この曲は蒸気機関車の汽笛の音を流すなど情感を持たせて郷愁を誘い、スマッシュ・ヒットとなった。その後、彼には今のところヒット曲はない。

彼は25歳の若さで世田谷区喜多見にスナック「まさき」を出すが、不運なことに放火で店を焼失してしまう。その後、いろいろな苦労を経験しながらも、今でも作曲家として後輩に曲を提供したり、カラオケ講師をするなど、歌謡曲の世界で生活をし続けている。

 

 

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
Lis. master's voice
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※2024年11月30日、「BAR Lismore」は閉店いたしました。


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