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第509回:流行り歌に寄せて No.304 「春のおとずれ」~昭和48年(1973年)2月25日リリース

更新日2025/08/14



前回、南沙織の『早春の港』について書いている最中に、また妙なことを考える癖が出てしまった。以前、郷ひろみのことを書いた後、時系列を無視して「新御三家」の野口五郎と西城秀樹を続けて書いたのだから、今回も、この後は同じように「新三人娘」を続けてしまおう。

「新三人娘」とは、ご存知の方も多いと思うが、昭和46年にレコードデビューしたデビュー順に言えば、小柳ルミ子、南沙織、天地真理の三人のことである。ただ、「新三人娘」という呼称は、実は今世紀になってから使われるようになったようで、彼女たちのデビュー当初は、単に「三人娘」あるいは「三代目三人娘」と呼ばれていたようだ。

「三代目」とは、「元祖三人娘」(ジャンケン娘)の美空ひばり、江利チエミ、雪村いづみ、それに続く「スパーク三人娘」の伊東ゆかり、中尾ミエ、園まりに次ぐ三人娘ということらしい。ただ、リアルタイムを知っている私だが、「三代目三人娘」という呼び方は聞いた記憶がない。

さて、勝手な思いつきで甚だ恐縮だが、そういうことで、今回は小柳ルミ子、次回は天地真理の、昭和48年リリースの中で印象に残った曲を書いていきたいと思う。

『春のおとずれ』は、この時代のかなり多くの人たちが、一つの理想としていた恋愛、家族模様を歌った曲だと言えると思う。「あなた」も「父」も「母」も、そして「私」も、穏やかで、幸せな気持ちで満ちているような、ある休日の光景。

当時、高校の2年生から3年生になった頃、私もこの曲を聴いて、心に沁みたことを憶えている。ほのぼのとして良い感じだなあ、結婚というのはこんな流れの中で行なわれるのだろうか。

「シャープペンをサラサラ動かす女生徒よ 誰を愛して何処に嫁ぐか」

何とも陳腐な短歌だが、私がこの年、高2の秋に作ったものである。何の授業だったかは思い出せないが、教師の板書を真剣な眼差しで書き写している女子を見て考えついた歌だ。

最近では、あまり聞かない「嫁ぐ」という言葉が、その頃は女子の生き方としては、ごく当たり前のことであり、そして、嫁ぎ先は親に認められ、祝福を受けるものでなくてはならないという不文律のようなものがあった。もちろん、今の時代でも多少それは残っているだろうが、当時はそのmust感が、今よりずっと強かった。

この曲からも「私の彼氏が、親の眼鏡に適った」という安堵感が伝わってくる。むしろ、そこがこの曲のテーマなのかも知れない。そして、当時の多くの聴き手は「よかった。よかった」と共感したのだろう。



「春のおとずれ」 山上路夫:作詞  森田公一:作曲  森岡賢一郎:編曲  小柳ルミ子:歌


春のなぎさを あなたとゆくの

砂に足跡 のこしながら

はじめて私の 家にゆくのよ

恋人がいつか 出来たらば家へ

つれておいでと 言っていた父

夢に見てたの 愛する人と

いつかこの道 通るその日を

 

お茶をはこんだ 障子の外に

父とあなたの 笑う声が

聞こえて来たのよ とても明るく

幸せなくせに なぜ泣けてくるの

母のほほえみ 胸にしみたわ

帰るあなたを 見送る道は

おぼろ月夜の 春の宵なの

 

山上路夫と森田公一のコンビは、多くの歌手にヒット曲を提供している。けれども、小柳ルミ子の作品では、森田作の曲は大変少ない。シングルカットされた曲は、この『春のおとずれ』だけなのである。

彼女の歌の作曲はデビューシングルの『わたしの城下町』以来、6枚続けて平尾昌晃が手掛けており『春のおとずれ』は、小柳にとって初めての、別の作曲家による提供曲となった。

編曲の森岡賢一郎は、小柳のワーナー・ブラザーズ・パイオニア時代の、ほとんどの曲の編曲に携わり、昭和50年9月リリースの『花車』(麻生香太郎:作詞)『わたしの長崎』(山上路夫:作詞)の両面では、作曲もしている。小柳作品の、色彩を感じる叙情的なアレンジは、名手・森岡賢一郎の仕事である。


さて、リリースされた時代とは、一般的な結婚に対する考え方などがずいぶんと変わり、自分自身も価値観を変えて来た。けれども、それとは別に、この『春のおとずれ』という曲の持つ雰囲気はずっと好きで、私の店の有線から流れてくると、ほんのり気持ちが穏やかになり、じっと聴き入ったものだった。

もう10年ばかり前になるだろうか。行きつけのカラオケスナックでの知り合いで、私より1学年下のMさんという男性がいらした。彼はかなりいかつい風貌の方だったが、その外見にそぐわず、いわゆる70年代女性アイドル歌手の曲が大好きで、よく歌っていた。

しかも、みんなが良く知っている曲と、ほとんど知らない曲の、その中間に位置するような曲を持ち歌にしていて、私が「う~ん、そう来たか」と言うのを楽しみにしているようなところがあった。

そして、ある日『春のおとずれ』をさりげなく歌い出したのである。とても上手だった。歌い終わると「僕は小柳ルミ子の歌の中で、この曲が一番好きなんですよ」と、彼は話してくれた。同好の士だったのか。先を越されたが、許そうという気持ちになった。

Mさんは、それから間もなくして体調を崩され、中国地方の実家に戻って療養を続けていたが、病状が驚くような速さで悪化し亡くなってしまった。まだ50歳代での旅立ちだった。

それから『春のおとずれ』は、私にとってもう一つの意味を持つ曲になった。今度そのスナックで彼のことを偲ぶ話題になったときは、下手なりに初チャレンジしてみようと思っている。

 

 

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
Lis. master's voice
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※2024年11月30日、「BAR Lismore」は閉店いたしました。


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