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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第32回:“天才贋作画家” エルミア・デ・ホーリー 3

更新日2018/08/09

 

イビサ港の桟橋には、町の警察とは別に、私服の国家治安警察官(Guardia civil;グワルディア・シヴィル)が船の発着に時に合わせて張り込んでいた。イビサに長いこと住んでいる者なら、この私服のグアルディア・シヴィルの顔を見知っていた。

彼は島にやってくるバックパッカーや、成金趣味に身を固めた怪しげな人物をチェックするのだ。ヘロイン、コカインなど、ドラッグの持込み、所持は厳罰の対象だったし、当時、まだ法的にはマリファナも個人使用の5グラム…(とチマタでは言われていたが)以上を持ち歩くとしょっ引かれた。

当時はまだ、ホモ、同性愛は法的に許されない、しかもカトリックの教義に反する犯罪行為とみなされていた。表向きにはだが…

官憲はエルミアが桟橋で若者に声をかけて、漁っていたのを苦々しく見ていたのだと思う。この男漁りで、風紀を乱すホモとして、エルミアは逮捕されることになるが、それはまだ後の話だ。

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イビサ港の桟橋を散歩するエルミア

またしても、ルグロはやり過ぎた。テキサスの石油王メドウズにエルミアの作品を56点も売りつけ、それが贋作だとバレてしまったのだ。当然、メドウズは怒髪天を突くごとく怒り、全力を挙げてルグロとカナダ人の愛人ルサールを追い詰めた。FBIに訴えただけでなく、私立探偵も雇った。その時、ルグロとルサールはイビサの“ラ・フォリャ邸”に転がり込み、エルミアを追い出している。

しかし、ルグロとルサールは逮捕され、それを知ったエルミアはまた“ラ・フォリャ邸”に住めると思ったのだろう、ノコノコとイビサに舞い戻り、即逮捕されている。しかし、彼の罪状はホモ、同性愛で風紀を乱したというもので、実刑2ヵ月の刑で済んでいる。高名な画家の絵を模写することは犯罪ではない…と言うわけだ。

イビサの刑務所は城砦の中にあった。高い城壁と建物に囲まれた30メートル四方のパティオがあり、そこを上から覗くことができた。そのパティオに面した石の建物が刑務所だった。高い城壁とはいえ、40、50メートルの石壁だからスパイダーマン的な人間ならパティオを這い登ることができそうな造りだった。

スペイン人の大らかなところか、ここイビサの刑務所だけのことなのか、決められた時間にパティオに出て、運動や日光浴をする囚人と城壁の上から会話ができるのだ。家族や恋人が声を張り上げ、囚人がそれに応える風景はどこか映画のシーンのようだった。おまけに、城壁の上から、差し入れの籠をロープで降ろしているところさえ見たことがある。

実際の入居経験者から聞いたところでは、広々としているし、飯も悪くはないが、暖房のない石造りだから、冬場は冷えるので参るということだった。

出所したエルミアはクリフォード・アーヴィング(Clifford Michael Irving)という男と知り合いになり、二人で顔をつき合わすようにエルミアが語り、クリフォードが書いたのが『贋作』(原題Fake:the story of Elmyr de Hory: the greatest art forger of our time;1969年)という本で、翻訳され早川書房からも出版された。

エルミアの記憶に頼っている上、この手の聞き書き自伝の正確さはあてにならない。とは言っても、この本のおかげでエルミアはちょっとした有名人になり、オーソン・ウェルズの映画『フェイク』(F FOR FAKE)にも取り上げられたほどだ。

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映画『フェイク』の監督オーソン・ウェルズとエミリア

クリフォード・アーヴィングはこの出版で当てたことに気をよくしたのだろう。次にハワード・ヒューズの伝記をイビサで書いた。クリフォードがハワード・ヒューズに直接インタヴューし、それをまとめたという触れ込みだったが、これがまったくのウソで事実無根、100%創作の伝記だった。

クリフォード・アーヴィングは贋作画家エルミアの本で当てたが、今度は自分が贋の伝記を書いて訴えられたのだ。この件からも、クリフォードが書いたエルミアの伝記『贋作』の記述はアテにならないとすべきだろう。

エルミアは1968年10月にイビサの刑務所を出てから、島を出ずに“ラ・フォリャ邸”で暮らし、そして、1976年12月に彼が愛したイビサの“ラ・フォリャ邸”で死んだ。墓はイビサの町からサンホセに向かう丘陵地の墓地にある。

出所後、エルミアがどのように生活を支えていたのか、埋葬の費用なども誰が払ったのか、それなりの蓄えが彼にあったのか私は知らない。時折、『カサ・デ・バンブー』で見かけたエルミアは、どこか焦点を結んでいない目をして、生気が失せたように思えた。

イビサで画廊を営む知人によると、エルミアは非常に優れた絵画技術を持っていた、だから、どんな画家の絵でも、本物と区別がつかないほどの模写ができた。だが、決定的にオリジナリティーに欠けていた、と言っていた。

出所後、エルミアはイビサで個展を開いたが、全く売れなかった。見栄っぱりで気の弱いエルミアだったが、彼が奇妙な自負心を捨て、これは贋作だ、コピーだとして、テキヤの群れに身を投じ、夜の屋台で売ったなら、彼が愛したイビサの“ラ・フォリャ邸”で安穏に暮らせたと思う。しかし、これはほとんど意味のない幻想だろう』。エルミアの生き方は、エルミアしか決めることができないし、エルミアだけが自分本人でいることができるのだから…。

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映画『フェイク』でインタビューを受けるエミリア

-…つづく

 

 

第33回:客層が異なる老舗カフェテリア

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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バックナンバー
第1回:白い島“イビサ”との出会い
第2回:ヴィッキー 1 “ヴィーナスの誕生”
第3回:ヴィッキー 2 “カフェの常連とツケ”
第4回:ヴィッキー 3 “悪い友達グループ”
第5回:ヴィッキー 4 “カフェテリアができるまで”
第6回:ヴィッキー 5 “誕生日パーティー”
第7回:ヴィッキー 6 “コルネリア”
第8回:ヴィッキー 7 “増えすぎた居候”
第9回:ヴィッキー 8 “変わり果てた姿”
第10回:ヴィッキー 9 “コルネリアからの絵葉書”
第11回:カサ・デ・バンブー ~グランド・オープニング 1
第12回:カサ・デ・バンブー ~グランド・オープニング 2
第13回:グラン・イナグラシオン(開店祝いパーティー)
第14回:ギュンター 1 “上階のドイツ人演劇監督”
第15回:ギュンター 2 “ホモセクシュアル御用達のバー”
第16回:ギュンター 3 “VIP招待しての昼食会”
第17回:ギュンター 4 “引退とイビサ永住の相談”
第18回:ギュンター 5 “暖炉とガスボンベ事件”
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