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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第17回:ギュンター 4 “引退とイビサ永住の相談”

更新日2018/04/26

 

ジャーナリストのヘニングが、カメラマンともう一人、出版社の人を連れてやってきたのは、シーズンの終わり近くだった。私はヘニングとの取材の約束などすっかり忘れていた。撮影、取材の期日を数日後に決めた。もう暇な季節になっていたので、テーブルを占拠されても、来年のシーズンに向けての宣伝だと思えば、私の方も“ジンギスカン”という料理名の由来、タレの作り方、北海道の名物であることなど、積極的に協力した。

カメラマンはこのような食べ物専門らしく、肉に薄く油を塗り、輝きを増し、いかにも新鮮に見せるトリックやシャンペングラスに汗をかかせるやり方などを心得ていて、イチイチ指示してきた。

確かその翌年のシーズン初めだったと思う。ヘニングが突然、ぶらりと現れ、本ができたぞと一冊進呈してくれたのだった。300ページ近くあるハードカバーの豪華本で、地中海キュイジーヌ(料理)の総集編だった。その中に、これが『カサ・デ・バンブー』なのか、これが私がでっち上げたジンギスカンなのかと、我が目を疑うほど美しい店の写真と思わずツバが湧くほど美味しそうな料理が、カラーグラビアで4ページにわたり紹介されていたのだ。

驚いたのは、他に取り上げられているレストランが俗に言う老舗、名店ばかりだったことだ。 『カサ・デ・バンブー』はとてもじゃないが、それらのレストランと肩を並べる存在でないことは、私自身はっきりと分かっていた。それにしても、このロケーションは申し分ないのだから、チョット工夫し、手の込んだ、またはユニークな料理、サービスをすれば、結構良い線まで行けるのではないかと、食べ物商売に意外なヤリガイを見出したのだった。

ギュンターが招待した客の中に、『カサ・デ・バンブー』の紹介、宣伝に一役買ってくれたヘニングのようなジャーナリストがいたことは幸運だった。その意味でも、ギュンターは『カサ・デ・バンブー』に大いに貢献してくれたと言ってよい。

おかしなことだが、このヘニングの本がキッカケになった…と想像しているのだが、他の雑誌や新聞でも取り上げられることが多くなったのだ。それがどれだけ宣伝効果があったのか、まるでなかったのか見極めはつかないのだが…。

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シーズン最盛期のカサ・デ・バンブー。満席になるとキッチンが大変なことに…

ギュンターは長い夏休み、クリスマス休暇、セマナサンタの年に3回は欠かさずイビサのアパートにやってきた。その他にも、自分が監督する次の公演のシナリオ、テキストの構想を練り、仕上げるためにもイビサに来ていた。

どのような仕事でも、長年働いていると、早く仕事を辞め、引退し、気ままな年金暮らしに憧(あくが)れるものなのだろう。引退を控えていたギュンターは、私に年金の額と預金に付く利子などの具体的な金額をあげ、これでイビサで十分暮らせるだろうかと、真剣に相談してきたのだ。

私は彼の率直さに感動した。その金額は、私には十分以上のものに思えたが、毎晩、レストランで食べ、その後バーをハシゴするにはどうかなという微妙な金額だった。そのことをギュンターに告げたところ、他に不定期のアルバイト的な仕事が彼が望みさえすれば相当あるので、イビサで引退した後も、当分演劇から離れず副収入の道はあるとのことだった。

当時、スペインは明確なECの枠組みには入っておらず、プロセスの段階だったように記憶している。ドイツ人、イギリス人などがスペインに永住するのは容易になっていたが、引退と同時に引っ越す場合、一回のみ家財道具などを関税なしでスペインに持ち込むことができるという制限がまだ残っていた。その後、ECの国々の人がを旅をしたり、住むのも、物流も自由になり、垣根が完全に取り払われることになるのだが、ギュンターが引退し、イビサ永住を決めた時、どこからの情報だろうか、一回限りの引越し荷物は無税だということになっていた。 

当然のことのように、ギュンターは私を頼りにしていた。小型のトラックでケルンからイビサまでの輸送、積み込み、そして車が入り込めないロスモリーノスのアパートへの荷揚げを私に頼んできたのだ。春から秋にかけての観光ハイシーズン中は、私が店を離れることはできないのをギュンターは十分承知していたから、店を閉めた後、クリスマス前の間ならどうか、と打診してきた。 

イビサで避暑客、観光客相手の仕事をしている人々は、夏場の6ヵ月間、一日の休みも取らずに働く。だからオフシーズンに入り、店、レストランを閉めたとなると、ウェイター、コック、ホテルの使用人、私のような小さなショーバイのオーナー、テキヤの連中も、スワッとばかり島を離れ、思い思いの場所へ出かける。スペイン南部アンダルシアからの出稼ぎ組は、故郷の町や村に帰り、テキヤ連中は翌年の仕入れを兼ね、インドやバリ島に足を伸ばすのだった。冬のバリ島には、イビサのテキヤ組が勢揃いするとまで言われていた。

私も半年の稼ぎを懐に、毎年4、5ヵ月間、地域を決めて旅していた。バックパッカー時代より相当金回りも良くなり、赤貧ヒッチハイカーから脱出し、格安航空機や列車、バスを利用し、B&Bやペンションなどの安宿に泊まり歩く貧乏旅行を楽しみにしていた。というより、そのために夏場の6ヵ月を何とか頑張り通したと言える。

駆け足のヒッチハイクではなく、冬の一シーズンはインド、ネパール、次の年はウェールズとアイルランド、その次の年はまだ共産圏だった東ドイツ、ポーランド、チェコ、ハンガリー、次はギリシャ、次はメキシコなどで過ごしたのだった。おまけに、まだ勢いのあったパンナム(PAN AM)の世界一周切符で地球一回りも実現した。そして、春先、『カサ・デ・バンブー』の開店2、3週間前に、空になったポケットでイビサに帰り着き、開店の準備に取り掛かるのが恒例になっていた。

ギュンターに引越しを打診された時、すでにオフシーズンの旅程を組んでいた。旅程といってもシゴク大雑把なもので、日程などどうにでも変えることができたのだが、店を閉めてイビサを離れる冬場の初日、とりわけ飛び出す日の嬉しさは格別で、大きな開放感が身を包むのだった。ギュンターの引退祝い、そして100%のイビサ移住が、彼にとって非常に大きな転機であることは承知していながらも、私はギュンターの引越し係を降りてしまったのだ。ピンチヒッター役に、イビセンコの友人で、タクシードライバーをやっていたぺぺにすべて引き渡したのだった。 

これは私の逃げだった。ギュンターが細かいことにうるさく、決断力がなく、ヒトにものごとを任せることができない性格だと知っていたから、引越しに関わるのは、問題を抱え込むことになると読んでいたのも断った理由だが、私はオフシーズンを一切の制約を離れ、気ままに過ごしたかったのだ。

後日、ペペに、「タケシ、よくぞあんなシゴトを、オレに押し付けてくれたもんだな、大変なんていうレベルでなかったぞ」と大いに恨まれたことだ。

春先、恒例になったように、セマナサンタの前にイビサに帰ったら、通年でそこに定住することになったギュンターが3階のテラスから丸い顔を覗かせ、「ようこそ、イビサへ!」と、よく響く大きな声で挨拶してきたのだった。

-…つづく

 

 

第18回:ギュンター 5 “暖炉とガスボンベ事件”

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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