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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第11回:カサ・デ・バンブー ~グランド・オープニング 1

更新日2018/03/15

 

カフェテリアやレストランを開店してみようというはっきりした意図がないままに、1年も前からその場所を確保していた。と言えば、将来性のあるロケーションをシカと掴み、準備に1年も掛けたように聞こえるが、実際はなんとなく、将来、『カサ・デ・バンブー』になる場所、庭、見晴らしと静かさに惚れ込んで借りてしまい、家賃を払っていただけなのだが…。
 
『カサ・デ・バンブー』になる場所は、庭こそ荒れてはいたが、とかくテラスからの眺めは絶景と呼んでいいような、息を呑むような、あるいは心が静まるような海が広がっていたのだ。

私が借りたその場所にニつのモノが付随してきた。犬と小鳥が含まれていたのだ。そこを借りる前から、庭に鎖で繋がれたままになっている年老いたボクサー犬がいたのだが、いつも頭を撫でたり、手なずけていた。大家さんは犬を鎖に繋ぎっぱなしにして、ただ餌を持ってくるだけで、明らかにこの犬を持て余していることがミエミエだったのだ。

老犬も私によくなつき、私が庭の玉石を踏みながら行くと、根元から切られたシッポだけでなく、お尻全体を左右に振って喜びを表すようになっていた。私が大家さんに犬の世話を申し出たのは、その場所を借りるズッーと前だった。大家さんの方は二つ返事で老犬を譲ってくれたのだった。その時初めて、老ボクサー犬が“アリストテレス”というイカメシイ名前を持っていること知った。

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誰からも愛されていたボクサー犬の“アリストテレス”
シッポは切られてないが、タレ耳が愛嬌、特技腰振りダンス

そして小鳥の方だが、これは問題だった。50~60羽のインコが2面を金網で囲んだ5メートル四方くらいの広さの小屋に飼われていたのだ。餌代も馬鹿にならず、可愛いはずの小鳥はとても騒々しい生き物で、その上、到ってテーブルマナーが悪く、餌をそこらじゅう撒き散らし、餌の大半を金網の外に投げ出してしまう生き物であることを知った。

金網の外に飛び出した餌を目当てに他の野生の小鳥が集まり、糞を撒き散らし、結果、鳥小屋の中だけでなく、周囲に不愉快な異臭が漂うのだった。おまけに、インコの類は適切な環境が与えられると、相当な勢いで増えることを知らされた。 

大家さんは“ゴメス”さんという、その当時でも60歳は優に越していたヴァレンシア人で、鉄鋼建材を扱う、イビサのレベルとしては大きな仕事をしている人だった。その上、このコンパウンド(連結したアパート群)に7、8軒のアパートを持っていた。夏の観光客にハイシーズンだけ貸せば、もっともっと儲かるところだが、私のような定住者に年間を通して貸す方を選んでいた。家賃も相場よりも安く、私たちにとってはとてもありがたいことだった。

『カサ・デ・バンブー』は、私が借り請ける数年前に“マルキータ”という中国人女性がここでカフェテリアを開き、イビサにやって来るドイツ、イギリス、アメリカの芸術家や芸能人の間に知れ渡る、チョットした有名カフェテリアだったと、後日、私が店を開いてから聞かされた。

何でもハリウッドだかブロードウェイのスター、“ナンシー・クワン”(The Flower Drum Song;フラワー・ドラム・ソングの女優)はマルキータの娘で、その関係で芸能人が集まったという話だった。私はそんな由緒と前歴を持つ場所を偶然から借りることになったのだった。

老犬アリストもゴメスさんのアパートに住んでいたドイツ人のおばあさん“エヴァ”さんの持ち犬で、エヴァさんが亡くなった後、ゴメスさんがアリストを引き取ったことのようだった。イビサのこの界隈に別荘を持つ人たちや、ゴメス・アパートを年中を通して借りているイビサ常駐組によれば、エヴァさんはゴメスさんの“愛人”だったと言うのだ。

西欧人とりわけラテン系の人たちが、歳を重ねるにつれ枯れていくことがないのに驚く。老齢の人が恋をすることに何のテライもない。イギリスやドイツ、北欧の人々は、恋愛は10代後半から多めに見ても20代半ばまでに掛かる麻疹(ハシカ)のようなもので、40歳を越してから、好きだ惚れたは見苦しいことで、社会的に成長していない人間のやることだ…と思っているフシがある。

確かに“ロミオとジュリエット”をティーンエージャーに設定したのは正しく、『アントニーとクレオパトラ』(Antony and Cleopatra)が未だにシェークスピアの作品の中で一番人気がない…ようなのだ。そんな、よじれた社会的規制、偏見が多いから、イギリスのローヤルファミリーや政界にセックススキャンダルがハビコルことになる…のかもしれない。

そこへいくと、ラテン系の人たちは、人間として生まれてきたからには自分の欲望の赴くままに生き、そこに本来の魂の在り方を探るのが人生だと、生まれた時から本能的に感じているように見えるのだ。だから、恋愛感情は一生人間に付きまとう本能に根ざしたもので、到底歳とともに消えてなくなるものではない…と信じているかのようだった。 

我がゴメスさんは晩年の“ジャン・ギャバン”風の容貌を持っており、枯れないタイプだった。『カサ・デ・バンブー』に出入りし、私よりも古くからイビサに住み、その辺の事情をつぶさに知っている人たちは、ゴメスさんとエヴァさんの恋愛を“20世紀最大の恋愛、ただしインポの恋愛が成り立つとすれば”と笑っていたものだ。アリストはゴメスさんがエヴァさんに何かの機会にプレゼントしたということだった。

私は由緒ある場所を借りただけでなく、老いらくの大恋愛?の所産である老犬まで貰うことになったのだ。アリストは『カサ・デ・バンブー』だけでなく、私のアパートを含めたゴメス・コンパウンド全体が自分の持ち物であるかのように振舞った。どこでも自由に出入りし、気ままにどこでも寝込み、近所の住人は皆、「アリスト!」と自国の発音で呼び掛け、頭や背中、尻を撫で、軽くたたいて挨拶するのだった。

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Vara de Rey 大通りの中央にあるモニュメント

私は庭や畑仕事には全く無知だった。イビサの街の中心に、メインのアヴェニューとも言うべき“ヴァラ・デ・レイ”(Vara de Rey)という短い大通りがあり、市が管理している花壇、パルメーラ(palmer;椰子の木の一種)、夾竹桃が貧弱な銅像と噴水を囲むように植えられていた。ある日、そこで木立や花壇の世話をしている庭師を見かけ、思い立ったように庭づくりのために教えを請うたのだ。庭師の爺さんも喜んでこの島で庭を作るコツを教授してくれた。今思えば、庭師に訊くまでもない、当たり前のことばかりなのだが、素直な優等生の生徒としての私は、彼の教えを忠実に実行したのだ。

まず、土だが、これは大枚をはたいて20キロ入りの腐葉土を何袋か買い、すでに硬くなっていた庭の土と混ぜた。パルメーラは少しでも茶色に変色している幹に近い針状の枝葉は根元から思い切りよく削ぎ落とした。パルメーラはなんだか急にやせ細り、頭に数本の羽を付けたインディアンのようになってしまった。

しかし、南国の植物の成長、繁殖力はスザマジイものがあり、掘り起こした木の根元に腐葉土を混ぜ、埋め、後は毎日水さえ与えれば、どれもグングン元気に育つのだった。

心地よい日陰を作ってくれるブドウ棚もあった。剪定などされていなから、蔓がこんがらがり、延び放題で勝手な方向に広がっていたのを、太目の針金を井の字型に張り巡らし、日陰の面積が広がるように、蔓を引っ張り、麻縄で縛り、盛大に枝を払った。所詮、ド素人の俄か庭師の仕事なのだとばかり、思い切りよくバツバツ刈りまくったのだった。

私の庭仕事に一つだけ有利な点があるとすれば、ブドウにしろ、大きなイチジクの木やパルメーラにしろ、良い実をより多く実らせることを全く考慮しなくてよいことだろうか。涼しげな木陰、天蓋を作ってくれればそれでよかったからだ。

ブーゲンビリアの苗木も4、5本買い、植えたところ、これは大変な勢いでどんどん枝を伸ばし、白い壁に這わせると、建物の前部を覆うほどに大成長した。俄か庭師の私は、ちょっと手をかけるだけで勢いを吹き返し、ズイとばかりに成長する南国の草花を目の当たりにし、土いじりに意外な喜びを見出したのだった。

-…つづく

 

 

第12回:カサ・デ・バンブー ~グランド・オープニング 2

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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第2回:ヴィッキー 1 “ヴィーナスの誕生”
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