第70回:プレイボーイの“サファリ” その1
私は“サファリ”の本名を知らない。私だけでなく、イビサの連中は、“サファリ”個人をよく知ってはいても、彼の本名を知っている人はほとんどいなかったと思う。皆、“サファリ”さらに詰めて“サファ”と呼んでいた。
サファリはヴァレンシア人で、私が初めてイビサに来たとき、すでに彼はそこにおり、古強者の情報通として知れ渡っていたから、私より5、6年、ひょっとすると10年近くも前に腰を落ち着けていたのかもしれない。
私が知り合った時、すでにサファリの頭のテッペンは髪が薄い状態から丸禿げに移行しつつあった。だが、丸坊主にはせず、耳の上から後ろへ、縮れた髪を無造作に長く伸ばし、ほとんど肩までかかるに任せていた。頭が寂しくなるのとは逆に髭が濃くなり、あまり丁寧に剃りもしないのだろうか、3、4日カミソリを当てていない無精髭を生やしていた。歯並びが悪く、無精髭とあいまって、ブ男の典型のように見られていたが、目だけはイタズラっぽい愛嬌がある憎めない男だった。
老舗ディスコテカ『Pacha(パチャ)』
サファリ自身、自分で小さな店、バール、カフェテリア、ブティックでさえ持ったことはなく、毎年、異なったところで働いていた。ある年はディスコテカ『Pacha(パチャ)』のバーテンダー、次の年はブティックの雇われ店主、また翌年は大流行したブーツとサンダル専門の靴屋の雇われ店主、またある年はアメリカ人が経営する中華レストランの名義上の共同経営者と、よくぞ次々としかもうま味の多い仕事を見つけてくるものだと感心させられたことだ。
サファリにはある種のエネルギーと人を引き付けるものがあったように思う。サファリは呆れるくらいマメによく動くし、ともかく彼はそこにいるだけで周囲を明るくする天性のものを持っていた。
イビサでウェイターやバーテンダー、はたまたホテルのレセプションで働く男どもは、次から次へと2週間毎に入れ替わる、無制限にやってくる女性軍の相手をするのを義務と心得ていた。私に、「お前みたいなトウヘンボクは見たことがないよ。彼女たちもソレを望んでいるのだぞ、ディスコに誘って付いてきたら、タダ踊りたいだけだと思うか? 彼女らもそれ以上のことを期待しているのだぞ…」と呆れたように言い、バカにしていた。
サファリが連れてくるのは皆が皆、最上級クラスという言葉が当てはまる女性ばかりだった。ドイツ人、スカンジナヴィア人、イギリス人、ポーランド人と挙げるまでもなく全ヨーロッパ美人コンテストの参加者を網羅しているかのようだった。禿げでブ男のサファリにどうしてあんな美人が次から次へと寄ってくるのか、なぜモテルのか、イビサ最大の謎とされていた。彼のモチモノが並みでないからだとマコトシヤカに語られていた。
サファリが棚ボタ式にアメリカ人が持っている中華レストランの雇われ経営者になった。そのようなことはよくあり、小金を持った外国人が店舗やレストランを買い取ったのはいいが、スペイン的に時間がかかり、煩雑な(実際には私自身でできたくらいだから、そうでもないのだが…)その手の事務手続きに嫌気がさすのか、それをやってくれる島の事情通に丸ごと預けてしまうことがママあった。いかにもその手のことに慣れていそうで、ショーバイのノウハウを持っていそうな島の事情通に、利益の何パーセントかを分け与え経営を預けるのだ。サファリはそんな雇われ店主として、さまざまなショーバイを点々としていた。
ヌーディストビーチとしても有名なサリーナス・ビーチ
そのレストランの持ち主、エドワードは大男でスーパーマッチョ、ハリウッドのアクションスターが務まるほどの顔も身体も一際目を引くアメリカ人だった。エドワードは多分にサファリにアテラレたのだろう、俺も一人くらいとばかり、アイルランド人の女性を自慢気に連れてきたことがあった。
ホッペタの赤い、丸顔でコロコロした体の女性だった。それを見たサファリは、「お前、エドワードが連れ歩いている女を見たか? あんなブスのイモネーチャンはイビサに来るべきじゃないな、アイルランドで芋掘りをしているべきだと思わんか? アレじゃ、コッ恥ずかしくてとてもサリーナス(Salinas;イビサで一番人気の白い砂のビーチ、ヌーディストが集まる)に連れて行けないし、どこのディスコでも入場拒否されるぞ…」と、コテンパン、クソミソに言うのだった。
私には、そのアイルランド女性が田舎臭いにしろ、それほど酷いご面相だとも思えなかった。「イヤー、サファリ、彼女、そんなに悪くないのかも知れんぞ、エドワードは、ブスでも女性、すべての女の救済を図っているのかも知れんぞ…」と、長い年月イビサに棲みながら全く“成果”が上がらなかった自分をさておいてエドワードを弁護したのだった。
一度、シーズンの終わり頃、冗談めかして、サファリに、「オマエ、今年、何人の女性をモノにしたんだ?」と尋ねたところ、急に真面目な顔になり、「数を問題にするのは若い時だけだ、オマエにだけ言うけど…」と、指折り数えて、16人かな…とノタマッタのだった。
どうも、そんなところがイビサで接客商売に絡んだシゴト、ウェイター、バーテンダー、ホテルのボーイ、コックたちの平均値?(そんな統計があるとすればのことだが…)らしかった。道理で、彼らは一応に顔色が悪いはずだ。
-…つづく
第71回:プレイボーイの“サファリ” その2
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