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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第60回:“ディア・デ・マタンサ”(堵殺の日) その2

更新日2019/03/21

 

殺された豚は太く枝振りのよい松から逆さに吊るされ、首の動脈を切られ、血抜される。血はバケツに溜め、後でモルシージャ(Morcilla)と呼ぶ、ご飯、タマネギ、ニンニクにスパイスを加えた、太い血のソーセージに生まれ変わる。 

血抜きと同時に、吊るされた豚は腹を割かれ、内臓を引き抜かれる。これは素早くやる必要がある。と言うのは、殺した後、即、膀胱、尿道を取り去らないと、肉全部が小便臭くなるからだと教えられる。

親父さんにお袋さん、ペペと妹、魚釣りに同行した叔父と彼の妻は、実に手馴れたもので、分担された仕事をテキパキとこなし、二頭の豚が腑分けされるのに40分ほどしかかからなかったのではないだろうか…。

だが、そこから、数種類のソーセージ、ハム類を仕込むのが一仕事になる。日持ちさせるため、大量の塩と黒胡椒、それに赤いパプリカのパウダー、唐辛子、ニンニク、秘伝の薬草ハーブが大小のボールに山と盛られ、テーブルに並べられている。まるでモロッコのスパイス商のようだった。

マタンサ(屠畜)の仕事で一番きついのは、胃袋、小腸、大腸などの内臓を洗うことではないかと思う。長い腸を絞るように内容物を出し、棒を突っ込み裏返し、何度も何度も水洗いするのだが、内容物が臭い上、いくら洗ってもきれいにならず、際限のない作業に見えるのだ。

この仕事は余程大切で、ビラビラが無数に付いている腸をキレイに水洗いしないと、せっかくの腸詰が腐り出すか、嫌な臭いが付いてとても食べられたものでなくなる。この根気のいるつらい仕事、腸、胃袋の洗濯は女性軍がやることになっている。

男どもは、緩やかにカーブしたそれ用のナイフで皮を剥ぎ、骨を外し、この部分はどのソーセージ、足は生ハム用、ロモ(lomo;フィレ)は軽く塩をして乾燥させるなどなど、各自作業を受け持つことに、大昔から決まっているようなのだ。

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ひき肉マシンが活躍する(これは電動だが旧式のものは手回し)

手回しのひき肉機と言うのだろうか、肉を突っ込むところが大きく口を開いた漏斗状になっている、機械と言うより道具でひき肉を作る。肉が押し出される歯、穴がたくさん開いた円形の鉄の板だが、その2枚が摺り合わされることで、肉の塊が、筋肉、脂身がひき肉となって搾り出される。

穿った穴の大きさが違う円盤が何枚かあり、荒いひき肉はチョリソ(Chorizo;パプリカのパウダー、ニンニク、ハーブ、黒胡椒をまぜ、唐辛子を加え、最低4、5週間乾燥させる。サラミのように硬くなる)、細かく挽いた肉はサルチチャ(Salchicha;ウィンナーソセージほどの太さで、あまりハーブは加えず、生のままだ。よく炊き込みご飯に加えられる)と、用途により、肉の荒さ、筋肉、脂身の量などを変えるのだ。それに混ぜるハーブ類、塩の量、パプリカのパウダーも家庭ごとに一軒一軒の秘伝、伝統があるらしく、一昔前の日本の漬物のように各家庭で味、風味が異なる…と言われている。

ブティファーラ(Butifarra)は直径2、3センチ、長さ20センチほどの黒いソーセージだ。これには赤い粉、パプリカは入れない。モルシージャ(Morcilla)は豚の血のソーセージだ。ニンニク、タマネギに塩、胡椒したご飯を硬目に炊き、豚の生き血と大きなボールで混ぜ合わせ、きれいに洗った小腸に詰め込む。

モルシージャは食べる前に軽く油を引いたフライパンで焼く。見た目には黒々とした血の中に白い点々とした米粒が蛆虫のようにも見えるが、臭みもなく、熱々に焼いたモルシージャは固いパン・パジェッスとよく合い、赤ワインのアテとしてモッテコイのものになる。

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ソブラアサーダ(Sobrasada)とブティファーラ(Butifarra)

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パン・パジェスにソブラアサーダがよく合う

ほかにも、このバレアレス諸島独自のソブラアサーダ(Sobrasada)という名物がある。直径7、8センチ以上もあろうかという超極太の腸詰めで、これでもかというほどパプリカパウダーを細かく挽いた豚肉に混ぜ、冬から8ヵ月、涼しい日陰で乾燥させたものだ。

これだけの太さだから、芯まで乾燥させることはできない。ソブラアサーダは軽く火を通し、フォアグラかパテのようにトーストしたパンに載せて食べる。バレアレスの人たちはフォアグラよりズーッと美味しいと自慢する。元々、バレアレス、少し範囲を広げてもカタルニア地方だけのものだったが、イベリコ黒豚を使ったモルシージャの高級品が出回り始めたが、もちろん地元の人たちは、あんな工場で作ったのはソブラアサーダとは呼べないと軽蔑する。

そして胃袋がある。これもきれいに洗い詰め物をしてモルコン(Morcón)という、スコットランドのハギス(Haggis;羊の内臓を羊の胃袋に詰めて茹でたもの)に似たものになるが、ぺぺの家ではモルコンと同時にカジョス(Callos)という、胃袋の細切れのトマトソース煮込みにしていた。カジョスはどこのバールでもツマミとして置いてある、ちょっぴり辛口の煮込みで、スペインでは珍しく脂分が少ない内臓料理だ。カジョスは冷えたビールに良く合う。

皮は毛を剃られ、短冊形に切り、高温の油に入れると、かき餅のように膨らみカールする。これに塩をふりかけて食べる。油っぽさが抜けないが結構なスナックになる。但し、油と塩という現代の健康の大敵を大量に含んでいるのだが…。

足、ヒズメも綺麗に汚れを落とし、軽く湯がき塩をして保存されるわけで、一頭の豚が利用しつくされるのだ。捨てるところなど全くなく、すべての部分が加工され、持ち味を生かされ、人間の口に入ることになるのだった。

午後2時頃になって、そろそろ昼にしようではないかと、手の平ほどもあるポークチョップを脂を下に落とすように薪で焼き、サーテ、今日だけはフレッシュな肉の食べ放題だと供された。ワインはもちろんビノ・パジェッス、ツマミはオリーブのニンニク漬け、パンは固焼きのパン・パジェッスだ。これぞ暴飲暴食の極みだった。

皆、パプリカ粉に染まった赤い手をして、今年の豚肉の良し悪しを評価しながら、分厚いポークチョップを食べたことだ。薪で焼いたせいだとは思うが、確かに、ペペの親父の豚肉は美味しかった。それにしても私の胃袋は大量の肉を受け付けるほど頑丈でないし、消化を助けることになっているワインもグラス2杯が限度のゲコだ。食事の最後は、もちろんカフェテラで淹れたコヒーに大量のコニャックを加えたカラヒージョだ。もう身動きが取れないほど満腹の極みだった。

しかしながら、彼らは定番のシエスタ(昼寝)を取らずに、即動き始めたのだ。秋の終わりで短い陽のあるうちにコトを片付けようというわけだ。

最後はラード作りだった。皮から引き剥がすように削り取った脂身、コスティージャ(Costilla;アバラ肉)についている脂身などがバケツに放り込んであったのを巨大な鍋でグツグツ煮るように火を通す。コモゴモの屑、豚の毛などが浮いてくるのを丁寧にすくい上げ、半透明な油だけ鍋に残す。これが冷めるときれいな白いラードになる。すくい上げたコモゴモは、また豚に与えられる。

夕方、ペペのカサ・デ・カンポ(Casa de Campo;森の家、別荘)を引き上げ、ヴェスパ(スクーター)にまたがり家路に着いたとき、はちきれそうな胃袋に限度を超えたワイン、コニャックで身体がユラユラと揺れ、バランスをとりながら直進するのが難しいことを知ったのだった。

そして、その後2、3ヵ月、豚肉だけでなく、あらゆる肉類、ソーセージの臭いを嗅ぐのも嫌になったことだ。

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サン・ホセの田園風景(本文とは無関係)

-…つづく

 

 

第61回:老いらくの恋 その1

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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