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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第54回:冬場のイビサ島 その3 ~アンダルシアとイビサ

更新日2019/02/07

 

アンダルシア人やヒターノ(Gitano:ジプシー、ロマ)にとって、歌は彼らの魂の叫びを表現することだ。音程、発声、メロディーの流れ、ハーモニーなどは二の次、三の次のことで、感情を押し殺したところに味わいがある抑えた芸は存在しない。爆発的な魂の発露がそこにある。

パコと呼ばれる髭面は、“私の心は南の国にある、そこで生まれ、そこで育った。今、故郷を離れているが、私の心は南部のもので、常に変わらない…云々”と、ひび割れた地声で切々と謳いあげるのだった。どこの国、地方にもある望郷の歌だ。パコは感極まったように地声を張り上げ、皆静まり返って彼の歌とも呼べない叫びに耳を傾けていた。今にも涙をこぼさんばかりの真剣な表情で聴いているのだ。

パコの望郷の唄が終わると、曲はガラリと変わり、明るいセビリアーナになり、ソレッとばかりに20-30人もが狭い踊り場に繰り出し、フラメンコ風の踊りを始めるのだった。デブの婆さんも、枯れ木のように痩せた爺さんも、ようよう歩き始めたガキ共も、妙齢の娘っ子も正確なリズムに乗り、足を踏み鳴らし、腰、首をひねり、手を柔らかく優雅に差し出し、または天を掴むように突き上げ、時折ピタリと止まり見栄を切るようなポーズを決めるのだった。

アンダルシア人が体内に持つリズムなのだろうか、今まで激しく、または優雅に体を動かしていたのを、全員が呼吸を計ったように、一斉に静止し、ほんの1秒にも満たない静寂が支配し、また堰を切ったように踊り出すのだ。きっと私以外の誰もが知っているハヤリ歌なのだろうか、そこにいた全員が歌い出すこともあった。

しばらくすると、アンヘリータとアントニオ妹兄が請われるように登場した。彼らの芸にはそれまでのギターリスト、歌い手とは格段の違いがあることがド素人の私にすら、すぐに聞き取れた。

洗い場でのアンヘリータの丸い顔、小柄な造りの体が、ここでは自信に満ち満ちて大きくみえるのだった。公爵夫人から離れたアントニオは、思う存分自分自身でいられるのだろう、ギターに集中し、時折歌い手アンヘリータを見上げ、呼吸を計り、弾き続けるのだった。

マイクもスピーカーもない、硬い音がじかに響き返ってくるビルの一階の四角いスペースは、冬の寒空の下、南国アンダルシアの熱気がたち篭るのだった。

あくまで一般論だが、カタラン(バルセロナを中心とした、スペイン北東地域のカタルーニャ人)はフラメンコ的アンダルシア文化に興味がない、言い切ってしまえば嫌う。カタランは顔をフランスの方、パリの方に向けているのだ。イビセンコ自身認めたがらないが、イビサもカタルーニアの一部と呼んでも良い位置にあり、文化圏内だから、アンダルシア的なものに興味を示さない。

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入口に古い風車小屋跡があるHostal Mar Blau

イビサにも観光バスが走り始め、『カサ・デ・バンブー』のある丘を登りきったところに石造りの巨大な風車小屋跡があり、そこに『オスタル・マル・ブラウ(Hostal Mar Blau)』という地元の小さなホテルがあって、ここでフラメンコショーとイビサの伝統舞踊を見せ、ディーナーを摂るというツアーが組まれていた。日中、フラメンコダンサーたちがビーチに降りてきて、ついでに『カサ・デ・バンブー』によく寄ってくれた。ダンサーたちはアメリカ人、南米人、東ヨーロッパ人、ユーゴスラヴィア人ばかりで、アンダルシア人が全くいないことに驚かされたものだ。

そして、イビサにも伝統舞踊がある。民族衣装の方はまだ特徴があって有名になっており、土産物屋でイビサの民族衣装を着けた人形を買うことができる。男性は足首だけ絞ったようなダブダブのズボン、派手な縁取りのついたチョッキ、シャツはユッタした袖の広いもので、大型のベレーを潰したような型の帽子を斜めに頭に載せている。幅の広いベルトというか布切れを腹に巻いている。女性の方はたくさんのスカートを重ねて穿いたように膨らませたドレス、ブラウスは飾り、刺繍の多い白地で、スカーフを被っている。特徴的なのは首飾り、指輪などの装飾品で、ありったけの金銀キラキラをすべて身につけ誇示していることだ。

問題はその踊りだった。踊りと呼べない動きで、女性が両手を胸の前に捧げ、彼女が持っているすべての指輪、腕輪を見せながら、ヨチヨチ歩きするようにチョコマカと動き、男性は足を高々と上げ、彼女の周りを飛び跳ねるだけなのだ。一種の求愛ダンスであろうことは理解できるのだが、笛と太鼓もでたらめに打ち鳴らしているとしか聴こえないのだ。ミツバチの求愛ダンス飛行の方がマシなくらいだ。こんな民族芸能にはまるで普遍性がないと思わざるを得ないのだ。踊り子たちのイビセンコも、中学生のド素人で、とても磨き上げた芸ではない…とまで思うのだ。

朋友のイビセンコであるぺぺに、「イビセンコの踊り、ありゃ一体何なのだ。イビサにもっとまともな音楽、踊りはないのか?」と言ったところ、ぺぺは、「せめて、歌と踊りくらいはアンダルシア人に取っておいてやらなきゃならないのさ、それを抜いたら彼らに一体何が残るんだ?」と、うがった弁を展開してきた。私としては、「ウーム、そうだな……かの大中国でさえ、音楽に関しては騒音に近いチャルメラだもんなぁ…」と応えるしかなかった。

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お祭りでは民族衣装でイビサの伝統舞踊が踊られる

-…つづく

 

 

第55回:隣人のルーシーさんとミアさん

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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