第266回:この村、この町、売ります!
アメリカの新聞の特徴は、宣伝や広告がとても多いことです。日曜版ともなりますと、ちょっとした地方都市の電話帳くらいの厚さになります。実家に帰った時、地元紙の『カンサスシティースター』の日曜版のページ数を数えてみたところ、200ページを超えていました。その90%以上が宣伝・広告ですから、なんだか紙がもったいない気がします。
もう一つ特徴は、個人の売りたし、買いたしのような3行広告が多いことです。それも、細かい分野に分けられ、中古の家具、自転車、家電、ペット、落し物、探し物、家や土地などなど、結婚相手も含め、この個人用の告知板で揃わないものはない、と言ってよいほどです。
そんな告知板、3行広告にFM放送局売りたしとか、洞窟売りたしとか、奇妙な売り物が出ていたりします。村や町を丸ごと売りたしというのは、それほど突飛なことではありません。
アメリカをドライブしている時、町の入口に必ず緑色の立て看板があり、そこに標高と人口が書いてあります。コロラド州との州境にある、ワイオミング州の"ビューフォード(Buford、Wyoming)"の町に入る街道筋に立てられた看板には、標高8,000フィート、人口一人と書かれています。郵便番号もたった一人独占で82052です。
そこのたった一人の住人、ドン・セイモアーさんが、孫の近くの家に引っ越すことにしたため、ビューフォードの町を丸ごと売りに出しました。
町は、ララミーとシャイアンの中間にあり、近くを国道80号線が走っていますから、とんでもない山奥、陸の孤島ではありません。街にはガソリンスタンドもあり、一緒にトレーディング・ポスト(開拓時代の交易所)の名残で、みやげ物屋兼何でも屋もあります。ここの町のキャッチフレーズは"アメリカで一番小さな町"でした。
この町を売り出したのは、エイミー・ベイツという不動産屋さんが仕掛け人で、全米に"アメリカで一番小さな町"の話題を広げ、それから競売にかけたのです。何でも外国から引き合いも多く、40ヵ国から入札があったといいます。落札したのはベトナム人の投資家グループで、まだ名前は明らかにしていませんが、90万ドル(7,300万円くらいでしょうか)でした。
少し悪乗りして、町ごと売られたケースを他にも調べてみたところ、"シニック(Scenic、 SD)"という町、72エーカーの広さがあるそうですが、町の名前、シニック="風光明媚"とは裏腹なゴーストタウンは、70万ドルでフィリピン人の協会が買い取っています。
"ヘンリーリバー"というノースカロライナの町は、もともと川の水を利用した水車小屋があり、何度か映画のロケにも使われたことがあります。その町は140万ドルで買い手がつきました。
電気、水道、電話のない、廃坑になった鉱山町なら、アメリカ中にたくさんあります。
実は……と言うことの程もないのですが、私たちが住んでいる町から30キロくらい西に行った、ユタ州の"シスコ"という町が一昨年売りに出され、野次馬根性が多分に残っているウチの仙人と見に行ったことがあります。
彼の脳裏には、自分がその町の保安官になり、市長になり、ギャンブルサロンの持ち主になるイメージがチラついていたのだと思います。
もともと砂漠、荒地の中を走っていた機関車に水を補給するためだけの停車場だったところですから、町、村と言っても、潰れかけた、今にも倒れそうな家が7、8軒、大きな牛舎が一戸、錆びた給水塔がぽつねんと建っているだけの、吹きさらし、埃だらけの町でした。機関車はディーゼルに取って代わり、もう何十年も井戸を使っていないでしょうから、果たして水が出るかどうか分からない状態です。
炎天下、恐らく50度を軽く超していたと思いますが、15分間も町にいたでしょうか、「とても人間の住めるところじゃない…」と仙人、あっさりと黒ずくめのイデタチで、胸に輝くシェリフの星のバッチを付ける夢から醒めたようでした。
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