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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第253回:ギリシャ語・ラテン語から中国語・日本語へ

更新日2012/03/29



言葉は生き物ですから、その言葉を使っている国の経済力、文化力(とは言わないのかしら)、政治力が大きく反映します。

聖書が古代ギリシャ語で書かれ、また多くのギリシャ悲劇、哲学書があったおかげで、中世まではギリシャ語の素養のあるなしが教養人としてのステータスになっていました。その後、ラテン語に取って代わられましたが、ギリシャ語を学ぶことはとても大切な教育の一部でした。

私たちの大学にも、未だにと言ってしまってから、私の同僚でもあるラテン語、ギリシャ語の先生に申し訳ないと思うのですが、この二つの言語は全く人気がなく、教養課程で義務で取らなければならなかったのが、他の外国語の選択が許されるようになってから、ほとんど生徒が集まらず、来学期からは廃止されそうです。

それに続いて、人気落ちの言葉はスペイン語です。この町にもメキシコ人や中南米から来た一世、二世がたくさん住んでいるので、スペイン語はこれからも充分使う用途が広がる大切な言葉だと思うのですが、若い人に人気がありません。

第一、スペイン語圏から来た二世でもスペイン語を話すことができず、英語一本槍で、それがアメリカに同化するための条件のように考えているようなのです。なにか、スペイン語を話すことが恥ずかしいことのようにさえ感じられます。

ドイツ語、フランス語はいつも一定のドイツ文学、哲学マニアがいますし、フランス語もフランスの豊かな文化へのあこがれてのことでしょうか、増えもせず、減りもせずの状態です。

ところが、日本語は大変なブームで、私が言語学の片手間に教えるだけではとても間に合わなくなってきています。言葉を教えるのに30人のクラスは絶望的に多すぎますが、30人クラスを二つ持っても入り切れない生徒さんがたくさん出てしまうほどです。

高校でも日本語を教え始めていて、すでに初歩の日本語を学んできた生徒さんもいますし、小学校、中学校でも課外クラスで日本語を教える学校が出てきました。

長いこと、私の日本語クラスで美しい本当の日本語を生徒さんに(私にもですが)聞かせてくれた日本の女性アシスタントは大学を卒業し、地元の小学校で日本語を教えています。

中世のギリシャ語は聖書の原典に迫るためでしたが、今の日本語ブームはアニメが原動力です。聖書とアニメを並べるわけではありませんが、日本語ブームの火付け役はアニメやゲームなのです。たとえきっかけが何であろうと、言葉はそれだけの独立した存在ではあり得ませんから、アニメから出発しても必ず日本の文化に触れていくことでしょう。

今、私のアシスタントをしているアメリカ人の女学生は、礼儀、敬語、丁寧語などもまるで明治時代か江戸時代の躾けの厳しい日本の家庭から出てきたお嬢さんのようです。もちろん私が教えたわけではないのですが、彼女自身、日本の映画や小説から、美しく、そうあるべき態度として、自然に身に付けていったのでしょう。

私の大学である程度日本語学んだ生徒さんの中から、とりわけ優秀な生徒さんにもっと専門の先生のいる、総括的に日本語、日本学を学べる大きな大学に転校するように勧めています。時には、こんな地方の大学に埋もれてしまうにはもったいないほど才能のある、本当に日本のことが大好きな学生が出てくるのです。

日本語教育で残念なことは、ドイツ語の「ゲーテインステチュート」、フランス語の「アテネフランセ」のような機関がないことです。中国語でも2004年に「孔子学院」が発足し、一定の基準を満たしていれば、中国語の先生を派遣してくれます。

圧倒的な中国の経済に支えられて人気が上昇しているからだ…とも言えますが、「孔子学院」ができてから、2009年にアメリカで中国語を学ぶ人は6万1千人に増え、同じ年の日本語学生が7万3千人でしたから、もう今頃は中国語が日本語を抜いていることでしょう。

歯痒く感じられるのは、日本人は何かを学び吸収する能力は、チョット他の国の人に比べられないほど優れていて、よく勉強するのですが、自分を外に向けて押し広げていく、いわば自己宣伝が苦手だということです。

日本には無数に語学学校があり、「JETプログラム」のように文部省が日本の各中学、高校にネイティブスピーカーの若い英語圏の先生を高いお金を払って呼んでいます。 その何百分の一かの日本語を教える語学学校が世界中にあっても良いと思います。

それには、「ゲーテインスティチュート」や「アテネフランセ」、「孔子学院」のように政府が中心となって日本語学校を作り、日本語を外国人に教える専門家を派遣して欲しい、そんな組織があればいいなと思っています。

 

 

第254回:人口論と歴史的事実

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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