第258回:"ティーボ-イング" スポーツ界への宗教の侵略
スペイン語で“アディオス”という時に言葉通りに“a dios”(神のミモトヘ)と考えているわけでなく、ただ単に「さようなら」「じゃまたね」くらいの意味で使っています。
サッカーの試合の前に、ラテン系の選手が胸に十字を切るのは珍しいことではありませんし、ほんのチョットした仕草ですから、板に付いたというのか、イロイロな場合に行ってきたいつもの行為が自然に出たという感じがして、違和感がありません。でも、飛行機が着陸するとき、一斉に皆胸に十字を切り出すと、アレ、そんなに危ないことなのと、逆に不安がよぎりますが…。
アメリカでも全く宗教に関係ない集まりの時でさえ“God bless America” “God bless you”と司会者や主催者が閉会の時に言います。いったい何のために、どちらの“God”(神様)のことを言っているのだ、あなた方の神様と違う神様もたくさんいるんですよとか、言いたくなるのは私だけなのかしら…。
ところが、乱暴なチームスポーツの勇であるアメリカンフットボールの選手で、堂々と膝まづき、ポーズをつけて神様に、キリスト教徒ですが、お祈りをする人気スターが現れたのです。
彼の名前はティム・ティーボー(Tim Tebow)と言います。ティーボーの名前を知らない3歳以上のアメリカ人はいないでしょう。それほど誰にでも、アメリカンフットボールに全く興味のない私のような人にでも知られるアイドルなのです。
爆発的な人気の秘密は、もちろん彼が優れたアメフトプレイヤーであり、奇跡の逆転劇を何度も演じたということのほかに、彼がコチコチの保守的な福音教条主義者で、学生の時から聖書の勉強会を主催したり、伝道活動を続け、自分の使命は神の教えを広めることと言ってはばからないことです。
そして、奇跡的なプレーの後、"ティーボ-イング"という動詞にまでなったポーズで、神様に感謝の祈りを捧げるのです。神に祈りを捧げるのなら、控え室なり、トイレなり、人目に触れないところで密かにやってもらいたいものですが、このスーパースターの若者にはそんな見識はなく、10万人を収容するスタジアムの中で、群衆の目を集めながら神に感謝を捧げるのです。その姿が全米のテレビで放映されますし、ニュースでも取り上げられ、私までが知ることになってしまったのです。
この"ティーボ-イング"のポーズは、左片膝を地面に着け、右膝を直角に曲げ、体を折りたたむように右膝に右ひじをのせ、頭を深くうなだれます。チョット、ロダンの考える人のポーズに似ていますが、椅子に腰掛け、体をひねったポーズのロダン像と違い、"ティーボ-イング"はストレートにひざまずいています。アーサー王時代の騎士が、王様かレディーの前でひざまずく格好に似ているかもしれません。
お祭り騒ぎが大好きなアメリカ人のことですから、この"ティーボ-イング"ポーズをありとあらゆるところで実行し、写真を撮り、インターネットにアップしています。
ピラミッドの前で、ギリシャのパルテノンの前で、キリマンジャロの頂上で、ダイバーは海底で、スカイダイバーは空を飛びながら、イラクやアフニスタンで軍務についている兵隊さんたちは、戦場を背景に軍服で"ティーボ-イング"し、大学生はありとあらゆる場所で、多少ヤラセじみていますが、ディスコやロックコンサートでポーズし、しまいには犬や猫に"ティーボ-イング"ポーズを取らせたり、それは賑やかなのです。一番ユニークで面白い"ティーボ-イング"のポーズコンテストがあってもおかしくないほどです。
もちろん、キリスト教の伝道者で、野球場やフットボールスタジアムに10万単位の人を集めた、いわばメガ、マスミサのはしりだった、今は亡きビリー・グラムの後継者、いやそれ以上に集客能力があると言われています。ティム・ティーボーは、今、アメリカで一番影響力を持った伝道者に祭り上げられたのです。
アメリカには通信販売、テレショッピングのチャンネルがいくつもありますが、それ以上に多いのが宗教チャンネルです。テレビを使って説教、布教をしています。当然、テレビ専門の人気宣教師が現れ、視聴率から計算しているのでしょうか、何百万人が彼の説教を聴いているとか、宣伝しています。
ティム・ティーボーは、桁違いの視聴率があるアメフトの試合でそれをやるのですから、視聴者の総数とインパクトの強さでは群を抜いています。おまけに脂ぎった変質狂的なテレビ宣教師たちが絶叫するのとは違い、ティーボーは若く、ハンサムなスポーツマンで、とても柔らかい話し方(内容はともかく)をするのです。
イースターの時、テキサス州はサン・アウグスティンの郊外での野外集会にティーボーを見に、聞きに15万人が集まったと報道されていました。
ティーボーの出現はアメリカならでは、現在のテレビ、インターネット時代ならではの現象と言えそうです。でも、お祭り騒ぎが好きで、移り気なアメリカ人のことですから、ティーボーがアメフトから去るより先に"ティーボ-イング"を葬るかもしれませんが…。
第259回:愛犬家と猛犬
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