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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第264回:ギル博士とハイド氏、アメリカ版二重人生

更新日2012/06/14



パトリック・サリバンさんは、優れた警察官としてとても尊敬されていました。思い遣りがあり、自分が逮捕し、有罪に持ち込んだ犯人が刑期を終え、出所する時に身請け人になったりし、同僚にも、家族にも理想的な警察官であり、信頼できる友達であり、優しい夫、父でした。

それだけでなく、大変勇敢な警察官として、立志伝中の人物でした。1989年には強姦、窃盗犯がマシンガンを構え、彼の仲間の警察を人質に取り立て篭もっていたのを、まるでハリウッドの映画さながらに、車ごとその家の塀にぶつけ、乗り越え、犯人のドキモを抜き、果敢な銃撃戦を繰り広げ、犯人を逮捕しています。

順法精神が強く、彼が勤めていたアラパホ郡で、抜きん出た成績を収めてました。2001年には全米シェリフ協会から"最高のシェリフ賞"まで受賞し、彼の名前を取って、 アラパホ郡の刑務所に『パトリック・サリバン刑務所』と命名したほどです。

ところが、パトリックさん、自分の名前の付いた刑務所に自分が入ってしまうことになってしまったのです。

昨年、2011年11月29日、若い人の間で大流行の"メスエンフェタミン"(通称「メス」)という麻薬の囮捜査の際、逮捕した麻薬の売人の中にパトリックさんがいたのです。

おそらく、驚いたのは特別捜査官の方でしょう。調べると出てくるは出てくるは、パトリック(ここからは呼び捨てです)自身が中毒に陥っており、売買にからみ、お目こぼしを条件に(職権乱用というのかしら)、薬を恐喝同様に巻き上げ、またそのメスエンフェタミンで、売春婦や中毒の少年、少女たちにセックスを強制したり、まんざら、ハリウッドの悪徳警官の映画もウソ、でたらめの作り話ではないんだなー、と感心させられるほどの活躍なのです。

彼のパソコンから、出会い系サイトで知り合った膨大な少年、少女たちのリストが見つかり、メスエンフェタミンの販売拡大とお客である子供たち相手にセックスを強要していたことが明るみに出てきたのです。

裁判所に出廷したパトリックは痩せ、しなびたお爺ちゃん風で(69歳です)、とてもタフな悪徳警官には見えません。同僚の警官たち、家族、協会の信者たち、彼が『若者を守る会』の役員をしていたチェリークリーク高校の父兄や先生たち、誰も彼の二重生活に気が付かず、それどころか彼がかなり重傷の麻薬中毒だった症状にも気が付いていませんでした。

パトリックは、それだけ鮮やかに裏と表の生活、世界を生きていたのでしょう。

4月4日に判決がくだされました。彼自身が、「アラパホ郡の皆さんと家族にはすまないことをした。自分がやったことに弁解の余地はない」と、全面的に罪状を認めていましたが、判決は禁固30日、罰金1,100ドルと、コンビニの万引き、動物虐待以下の罰でした。

逮捕から今までで、すでに30日以上拘留されていましたから、罰金を払えば即釈放になるのでしょう。

このように、量刑が異常に軽いのは、彼が相手にしていた少年、少女たちが裁判の席で証言しなかったことや、検事側がいわば状況証拠だけしか提出できなかったからだ……と言われています。また、麻薬販売の証拠もなく、あるのは麻薬所持の罪だけだったからだと言うのです。

ゴシップ的なニュースでは、パトリックを自分の名前の付いた刑務所に入れると、そこには、彼をたっぷり可愛がってやろう、虐めてやろうという囚人がたくさんテグスネひいて待っているので、死刑の判決と同じことになってしまう、そんな事態を避けたかったのでないか、いずれにしろ、彼はすでに社会的に葬られたのだから、この判決でよいのだと書いていますが、パトリックを一時期、警察官の鏡、英雄に奉り、数々の賞を与え、刑務所に彼の名前まで付けた上部の人たち、署長や政治家の意向が働いている……と感じるのは私だけかしら。

アラパホ郡議会では、『パトリック・サリバン刑務所』をただの『アラパホ郡刑務所』に変えることを決定しました。

 

 

第265回:飛行機の旅の憂鬱

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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