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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第261回:シニア・オリンピックの記録映画

更新日2012/05/24



この小さな田舎町の図書館にもビデオやDVDソフトを置くようになりました。大学の図書館と合わせると、かなりの量の映画を楽むことができます。

私たちは結構な映画好きで、一時期、毎週のように映画館に行っていたこともあります。しかし、田舎町の悲しさで、ショッピングモールの中にあるムルチシネ(シネコン)はハリウッドのモノばかり、それもアニメとかコンピュータグラフィックを駆使したアクション映画オンリーになってしまい、町の中心部にある古い劇場が、土日だけ細々と反主流の映画を上映しているだけです。

2、3年前、図書館から映画ソフトも借りられることを発見し、今では週に2、3本は観ているでしょうか。しかも、大発見で、通常映画館で絶対に上映されないマイナーなフィルム、ドキュメンタリー、音楽映画、歴史的な古典映画を観ることができるのです。今は、それにすっかりはまっていると言ってもいいくらいです。

本来、海彦のはずのダンナさんは、最近、山や極地探検の記録映画に凝っていて、目の不自由なひと(全盲の人です)がエヴェレストに登った記録映画とか、チョット専門的な、高山病と体内の温度の関連のリサーチとか、シャックルトンの極地探検とかを観ています。観た後で、二人で点数を付けるのが習慣になり、5点満点で何点と採点しています。

私は日本の古い映画が好きで、小津安二郎の『東京物語』は私の採点では五つ星です。そして、超大作というのでしょうか、ともかくよくぞあんなに長い映画を作ったものだといのが『人間の条件』です。毎日、一部ずつ観て9時間近くかかったのではないかしら。戦後によくあれだけ反戦的、反軍的な映画を撮り、しかも大成功したものだと感心します。それにしても時代の相違でしょうか、実にゆっくり話を進めたものです。

最近観たものの中で、二人とも五つ星の満点を付けたのは、『時計の針との競争』(Racing against the Clock)という老人の陸上競技の記録映画です。シニア・オリンピックと呼ばれていますが、50歳以上から年齢を5歳ごとに区切り、その年齢層で競います。

101歳のおじいちゃんが100メートルダッシュ……と呼んでいいのか、倒れないでヨタヨタ完走する姿も映っています。このシニア陸上競技会は、ただ走るだけでなく、立派に棒高跳びも、3段跳びも、砲丸投げ、ハンマー投げと、オリンピックの陸上競技はすべてあるのです。

でも、80歳以上の高飛びでは、チョット背が高く足の長い若者なら跨ぐことができそうな高さのバーを助走をつけた小太りのおばあちゃんがノタノタ、ヨッコラショと背面跳びを見せるのですが、バーの上にドシンと落ちたり、バーをそのまま運んでいってしまったり、おばあちゃんが真剣になればなるほど、笑わせます。

この記録映画では、特に5人の女性、おばあさんを取り上げ、彼女たちの簡単な経歴、競技を始めた動機、練習風景などを紹介し、アメリカ代表として世界大会に行くまでを映像で追って行きます。

中にはガンで放射線治療を3回も受けてもヘコタレズ、全快したおばあちゃんもいましたし、黒人のおばあちゃん?おばさん?は、南部の赤貧洗う農家から出てきて、どうしようもない夫を追い出し、3人の子供を彼女が育て、かつ競技に打ち込んでいました。きっと日本からもたくさんのおじいちゃん、おばあちゃんが参加しているのでしょうね。

彼女たちだけではありませんが、参加者すべてが自前、手弁当で参加しています。旅費も、ホテル代も、靴もウエアも全くスポンサーがいません。本当のアマチュアリズムが生きているスポーツ界は、シニア競技にしかないのではないかしら。クーベルタン男爵が生きていたら、"オリンピックの精神ここにあり"と、涙を流して感動したこと請け合いです。

映画を面白くさせているのは、このおばあちゃんたちの表情の良さと、人生の甘いも辛いも味わい尽した後の、アッケラカンとした物言いです。もちろん競技ですから、勝つために一生懸命やるのは当然ですが、結果や勝負にこだわっていないのです。 私もこんなおばあさんになれたらと、あこがれるほど、皆が皆、活き活きとした、とても良い顔をしているのです。

カメラマンとインタビュアーが世界大会に出発する前の一人のおばあさんを追って飛行場に向かいましたが、その時、インタヴュアーが、いかにも"メダル、取ってくる"という紋切り型の答えを期待して、「おばあちゃん、今回の目標は…?」とマイクを向けたところ、おばあさん、「何言ってんの、第一目標はJFK(ニューヨークの巨大な飛行場)でちゃんと間違いなく飛行機に乗ることだよ」と答え、スポーツバッグを背負い、カメラマンがとても追いつけないスピードで、文字通り猛ダッシュでゲイトに向かっていきました。

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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