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■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと
 

第430回:流行り歌に寄せて No.230 「希望」~昭和45年(1970年)

更新日2021/10/07


その曲がヒットしている時には、何気なく聴いていた曲でも、それから何十年と経って、しみじみと良い歌だなあと気付く曲が、皆さんにもいくつかあると思うが、私には、この曲はその代表と言える。

昭和45年(1970年)4月1日発売。私は中学3年生になった日である。生まれて初めての受験を控えて、平日に毎日通っていた学習塾に加え、その学習塾が選抜した生徒のみに指導する「日曜教室」にも通い始めていた。

「日曜教室」は、日頃の学習塾とは別の、自宅から遠距離の場所にあったため、毎週往復3時間以上をかけて通っていた。そのために、それまで毎週通っていたキリスト教会を休むことになり、生まれてこのかた、最初は親におんぶされた時から、ずっと続いていた教会生活が途絶えてしまった。

その学習塾のトップクラス30人の「日曜教室」の選抜試験に奇跡的に通ってしまっただけなので、授業についていくのは大変な苦労だった。授業は、午前と午後で3時間ずつ、私語厳禁、ひたすら猛スピードで難問と格闘していく。

そして、授業の終わりには次週までの夥しい分量の宿題が出される。もう、ヘトヘトだった。

毎日の学校では、相変わらず気の置けない友だちなど一人としてできず、暴力に怯えながら、荒っぽい生徒との拘りを避け、目立たないように生活していた。とにかく、今いる環境からひと時でも早く脱却したかった。

そして、それなりの優秀な高校であれば、少なくとも今のような「いきった」連中(いわゆるツッパリ)とか、平気で人を裏切る連中はいないのではないかという思いで、勉強に励んでいた。私にとっては、ただただ煩わしい中学の連中から抜け出すこと、そこに唯一の「希望」を見出していた。

その頃流行していた岸洋子の『希望』は、確かに何度か聴いてはいた。しかし、詞も曲調も何とも重々しく、内容は理解し難かったために、好きになれなかった。そればかりか、じっと聴いていると、何だか暗い気持ちになるような気さえして避けていたような気がする。

 

「希望」 藤田敏雄:作詞  いずみたく:作曲  川口真:編曲  岸洋子:歌


希望という名の あなたをたずねて

遠い国へと また汽車にのる

あなたは昔の 私の思い出

ふるさとの夢 はじめての恋

けれど私が おとなになった日に

だまってどこかへ 立ち去ったあなた

いつかあなたに また逢うまでは

私の旅は 終わりのない旅

 

希望という名の あなたをたずねて

今日もあてなく また汽車にのる

あれから私は ただひとりきり

あしたはどんな 町につくやら

あなたのうわさも 時折聞くけど

見知らぬ誰かに すれ違うだけ

いつもあなたの 名を呼びながら

私の旅は 返事のない旅

 

*希望という名の あなたをたずねて

寒い夜更けに また汽車にのる

悲しみだけが 私の道づれ

となりの席に あなたがいれば

涙ぐむ時 その時聞こえる

希望という名の あなたのあの歌

そうよあなたに また逢うために

私の旅は 今また始まる

 

発売した頃、避けていたその曲を、もう一度しっかり聴いてみて、本当に良いなあと思ったのは、実は一昨年のことだった。

お客さんが引けた店で、いつものように昭和歌謡のチャンネルに合わせて有線を聴いていた時、ふと掛かったこの曲が、心にとくとくと沁みてきたのである。それまでにも、何度も何度もこの曲は有線でかかっていたのだが、そういうことはなかった。

何とも説明がつかない。一昨年9月25日(水)の私の日記に「数日前から岸洋子さんの『希望』がなぜか耳に残っていて」と書き付けてあるが、数日前に何か大きな心の変化があったわけではない。

天気、風ほか気候などの環境や、感情のいろいろな要素が混ざり合って、この曲にチューニングがピッタリと合ったのだろう。最初に聴いてから、49年半の時間が流れている。

私はこの曲を、毎日何回も何回も繰り返し口ずさんだ。そして、ある時、蛮勇をふるって店のお客さんたち数人で行ったカラオケの席で歌ってみたのである。

歌い始めて、大変後悔した。カラオケには無数のナンバーが入っているが、やはり単なる歌好きの素人では歌えない曲というのは歴然としてある。歌い終わると、同行者は精一杯の優しさで拍手を送ってくれたが、かなり迷惑な時間であったろう。私はただただ、いたたまれない気持ちであった。

さて、真の歌唱の方に話を戻す。岸洋子は、この曲を生涯とても大切にし、コンサートでも何度となく熱唱している。

レコーディングした原曲は上の歌詞だが、彼女は時々ステージでは3番の途中から少しずつ詞を変えたバージョンとなり、4番まで歌うということがあったという。それは下のような歌詞だった。

 

*希望という名の あなたをたずねて

寒い夜更けに また汽車にのる

となりの席に あなたがいれば

悲しみだけが 待っていようと

この世の終わりが もし来ようとも

地の果てまでもと 約束するのに

なのにあなたは どこにもいない

私の旅は 笑顔のない旅

 

希望という名の あなたをたずねて

涙ぐみつつ また汽車にのる

なぜ今私が 生きているのか

その時歌が 低く聞こえる

なつかしい歌が あなたのあの歌

希望という名の マーチが響く

そうよあなたに また逢うために

私の旅は 今また始まる

 

3番は、それぞれ上下 *印をつけたところから。そして、ステージで歌う4番の歌詞は、岸洋子から1年前にこの曲をレコーディングしていた『フォー・セインツ』の3番の歌詞と同様なのである。

どのような経緯でこのようなことになったのかはわからなかった。ステージ上で、よりドラマ性を持たせるために、この手法を考えたのだろうか。確かに、ステージの上ではたっぷりと時間を持たせ、説得力のある歌い方の方が、聴衆を魅了することだろう。

ただ、私の個人的な思いで言えば、レコーディング時の3番で完結する歌詞の方が素敵だと思う。これだけで、もう完全にすべての詞を歌い切っていて、他の言葉は不要だと感じるからである。「蛇足」とまではとても言えないが、ない方が良いのでは…。

こちらは確実に蛇足になるが、先日弊店で、いつもいらしてくださる素敵な女性のお客さんのお話では、岸洋子という人を、大田区にある小さな池の釣り堀でよく見かけたということだった。彼女はいつも必ず一人でやってきては、小さな椅子にちょこんと腰をかけ、釣り糸を垂れていたそうである。

 


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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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