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■ビバ・エスパーニャ!~南京虫の唄
 

第8回:フランコ万歳! その8

更新日2021/05/06

 

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1980年代のグァルディア・シヴィルの正装、ユニークな冠帽子が特徴

南京虫が虎視眈々と私に取り付くスキを狙っている真っ暗な地下牢から出るためなら、私は何でも白状しただろう。

朝食が配給されて間もなく、看守が3人、お迎えに来た。トイレまでの牢番とは違う制服を着込んだ、いずれも厳しい、暗い顔付きの男たちだった。どうして、公安のオマワリ、グァルディア・シヴィル(guardia civil;治安警察)は揃いもそろって厳しく、陰険な顔をしているのだろう。

マキシモのアパートで私を逮捕?連行しにきた連中を、私は街のギャングやマフィアかと疑っていたのは、彼らの派手でヤクザチックな服装のせいでもあるが、何と言っても、顔や目付きが悪いからだった。と言っても、私はそれまで、マフィア、ヤクザ関係の人を個人的に知らなかったし、ましてや親交を結んだことなどなかった。

日本で私がデモに参加したとき、公安のオマワリが見物人の中に混じって見張っているのを、先輩から「あそこにいるのは刑事だぞ…」と指摘され、見ただけで、そんな人間がいるのか…と思った程度だった。

グァルディア・シヴィルの目付きは、すぐにそれと分かるほど悪かった。彼らは私に後ろ手錠を掛けて、独房から連れ出した。私の方としては、この南京虫地下牢から出れるなら、どこへ行こうが大歓迎の気分だった。二人は両脇から私を挟み込むように、一人は背後に付き、長い廊下を行進したのだった。

鉄格子の覗き窓から、私のように何らかの理由で、また何の理由もなくぶち込まれたヤツラが興味深々で我らの行進を見つめていた。

連行された時、私は運動靴を履いていたのだが、地下牢に入れられる時、ベルトと一緒に靴の紐も外された。だから、運動靴をスリッパのように突っ掛けていたし、ベルトなしのジーパンがずり落ちてきて、しかも後ろ手錠では下がるジーパンを抑えることもできず、至って軽快ならざる無様な歩調で歩くことを余儀なくされた。

最初に連れて行かれたのは、医務室のようなところだった。ヨレヨレの白衣を着た医者なのだろうか、無精ヒゲの初老の医務官が私を椅子に座らせ、投げやりに聴診器を胸と背中に当て、なにやら私に質問をしてくるのだが、それが当方にはさっぱり理解でなかった。

私はマキシモの屋根裏部屋に住み始めて2ヵ月ほどだったし、日本でも、スペイン語を勉強してこなかったから、私のスペイン語はお粗末以下だった。 

医務官が繰り出す質問の中に、“パガール(pagar;支払う)”という単語だけを聞き取り、私は拘留期間の保証費用のようなモノを払ってもらえるのかと想像し、“グラシアス(gracias;ありがとう)”と言いながら椅子から立ち上がったところ、思いっ切り頬を張られたのだ。

彼がだみ声で“イディオット(idiot;このアホめ)” “ペガール(pegar;ひっぱだく)”とはこのことだともう一度頬を張られた。“パガール”と“ペガール”の違いを聞き分けることができなかったのだ。おかげで2発余計に殴られたのだった。

医務官は私が拘留されている間、暴行を受けたかどうかを質問していたのだと察せられた。そして、この雑な診察は、私が拘留に耐えうる体力を持っているか、地下室で死んだりしないかだけを診断するものだったのだろう。

私が“パガール”と“ペガール”を聞き違い、医務官が、「この中国人のアホが、ペガールとはこのことだ!」とばかり張り手を飛ばした時、私を地下から医務室まで連れてきたオマワリが表情を崩し、いかにも可笑しそうに笑ったのが見えた。

次に連れて行かれたのは写真撮影室だった。そこで硬い椅子に座らせられ、しばらく待たされてから、写真屋が登場するまで、私は恐怖からここが拷問室ではないかと恐々としていた。写真屋が来て、記念撮影と相成ったのだが、マキシモのアパートでのように、素っ裸にされる…と思い込んでいた。ところが、撮影は顔、胸から上だけだった。正面、そして左右両側からと丁寧に写された。

新聞に載る犯罪者や指名手配、バスクのテロリストの顔写真がどうして揃いもそろって悪人面なのか不思議に思っていたが、そのナゾが解けたのだ。捕まってから顔を洗っていない、髪の毛もボサボサのまま、拘留されて焦燥しきっているとこへ持ってきて、写真を撮る時、顎を引き、目玉だけを上に向けさせられる、いわば三白眼を意図的に演出するのだ。自然と目付きが悪くなり、いかにも悪人面ができあがる仕掛けだ。

この時の私の写真をなんとか見てみたいものだ。優しい目をしていると誰かに言われ、ただ垂れ目なだけなのだが、すっかりその気になって生きてきた私が、犯罪者の目、顔付きで写っているのを覗いてみたいものだ。できれば、記念写真として手元に置いておきたいくらいだ。記念撮影の前だったか後だったか、指紋も取られた。

写真屋には殴られることもなく無事次の間、取調べ室に連れて行かれた。その間の移動はすべて看守3人が付き添った。刑事モノの映画では、マジックミラーが張られた部屋か隠しカメラが数箇所設置された部屋にテーブルに椅子、犯罪者(この場合は私になるが)は手錠を外され、突っ込み型の刑事となだめ型の刑事が尋問をするのがワンパターンになっている。しかし私が連れて行かれたのは、銀行か商社の広い事務室のようなところで、十数人の警察官や事務員がいる部屋だった。その一角で尋問が行われるようだった。部屋に入るなり目に飛び込んできたのは、マキシモの姿だった。

マキシモは、壁にあるフックに手錠を掛けられたまま吊るされていたのだ。完全に宙に浮いた状態ではなく、つま先が床に届き、体重を支えられる程度に吊るされていた。マキシモの顔は涙と鼻水でグチャグチャにゆがみ、ズボンの前たての部分に大きな染みを作っていたから、小便を垂れ流したことは明白だった。

そこに私を逮捕に来た面々のうち、顔を覚えているのが二人いた。この二人が尋問に当たっている様子だった。この二人の中で、逮捕を取り仕切っていたと思われる上官風のギョロ目が、英語で“Look at your friend ‼”(お前の友達のザマを見ろ!)と私の視線をマキシモに向けさせた。それに続けて何やらスペイン語で怒鳴られた。

私がマキシモから目を反らしたのだろう、ギョロ目が30センチばかりの木の棒の先に鎖、そしてその先に金平糖のようにギザギザが付いた握りこぶし大の鉄球、中世の武器を振り回し、その木の部分で私の顎と頭を叩き、視線をマキシモに向けさせたのだ。中世の戦闘具はマキシモが蚤の市で買ってきて、装飾として壁に架けていた安い土産物品だった。

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中世の戦闘具のレプリカ


 

 

第9回:フランコ万歳! その9

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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