■感性工学的テキスト商品学~書き言葉のマーケティング

杉山淳一
(すぎやま・じゅんいち)


1967年生まれ。信州大学経済学部卒業。株式会社アスキーにて7年間に渡りコンピュータ雑誌の広告営業を担当した後、'96年よりフリーライターとなる。PCゲーム、オンラインソフトの評価、大手PCメーカーのカタログ等で活躍中。


第1回:感性工学とテキスト
第2回:英語教育が壊した日本語
第3回:聞くリズム、読むリズム
第4回:話し言葉を追放せよ
第5回:読点の戦略
第6回:漢字とカタカナの落とし穴
第7回: カッコわるい
第8回: 文末に変化を
第9回: "冗長表現"が文章を殺す
第10回:さらば、冗長表現
第11回:個性なんかイラナイ!
第12回:体言止めは投げやりの証拠
第13回:主語と述語のオイシイ関係
第14回:誰のために記事を書く?
第15回:ひとつのことをひとつの文で
第16回:しつこいほうが好き。
第17回:コノときアレのドレがソウなる?
第18回:強い文は短い
第19回:“表記ルール”を作ろう
第20回:文章は誰のものか?
第21回:文章の配置を予測しよう

■更新予定日:隔週木曜日

 

第22回:文章を理解してもらうための文章

更新日2003/01/09


広告コピーの世界で糸井重里氏を知らない人はいません。現在、糸井氏はタレントとしても活躍しています。彼が有名になったきっかけは、

      "不思議、大好き"

という、デパートの広告コピーでした。「ふしぎ、だいすき」は、たった7音8文字です。この短い言葉が、人々に"なんだろう"と関心を持たせました。デパートの宣伝として稀に見るほど大きな注目を集め、デパートだけではなく、広告業界への関心も高めました。それまではマーケティング部門の裏方だった広告業界が花形職業となり、ギョーカイ君という言葉も生まれました。

当時学生だった私のまわりにも、糸井氏や広告業界に憧れる人がたくさんいました。ちょっとアイデアをひねって、キャッチコピーがヒットすれば有名になれる。遊びも仕事の肥やしという広告業界ってカッコイイ。そんな気持ちになったのでしょう。そうした友人たちの中で広告業界に進んだ者はなく、当時、広告に興味を持たなかった私がいま、広告コピーを書いています。なんだか皮肉な話です。

さて、私が実際に体験している広告コピーの世界は、学生さんたちが羨ましがるような甘い世界ではありませんでした。ちょっとアイデアをひねっただけでキャッチコピーがヒットするなんてウソです。キャッチコピーを書くには、キャッチコピーを売り込むための企画書が必要です。どこかで読んだ糸井氏の体験談では、"不思議、大好き"というコピーを理解してもらうための企画書は、A4用紙で分厚い束になったと書かれていた気がします。私は糸井氏には及ばない三流ライターなので、キャッチコピーのために分厚い企画書は書けません。それでも、ある商品のキャッチコピーとして複数の案を出し、それぞれのコピーに対して理由を添えます。

コピーを受注してから納品までの時間がなければ、アイデアの羅列になってしまいます。仕方ないことですが、これではお互いに満足できるコピーにはなりません。きちんと時間を貰える場合は、宣伝担当者や営業担当者、できれば製品を作った人に、その商品に対する思いを伺って、その気持ちを汲んで言葉を探します。その過程をすべて企画書としてまとめれば、たった数文字の言葉を生み出すために、やはりA4用紙で何枚かの企画書になります。

たとえば、"自由"という言葉を使うとします。その場合は、商品のどこに自由というイメージがあるかを示す必要があります。"自由"が商品を購入した人へのメッセージなら、自由を望む人はどんな人かを説明できなくてはいけません。また、自由という言葉を表現する言葉は"自由"でいいのか? という配慮も必要です。自由を説明する言葉には"フリー"や"ゆとり"、"なんでもできる"などたくさんの選択肢があります。若い人には"ゆったり"、"ふわふわ"などの擬態語を使って伝える方法もあります。キャッチコピーに"自由"という言葉を使った。しかし、"自由"という言葉を安易に選んだわけではない。ちゃんと理由があります。と、きちんと説明できなければ、広告を出す人も、広告を見る人も納得しません。

 これが"愛"や"夢"になると、もっとたいへんです。"愛とはなにか"を説明する必要があります。これはもう企画書ではなく、哲学や人生観に関わっていきます。その証拠に、"愛"を使った広告コピーは少ないですね。"愛"は、アイドルタレントの歌にたくさん登場します。聞いた人の都合がいいようにイメージが膨らむからです。しかし、広告コピーでは、広告を見た人がバラバラなイメージを持ってしまっては困ります。ちゃんと広告したい対象に向いてもらう必要があります。

以前、私はノートPCのキャッチコピーに、

   "もうひとつのブレイン"

と提案しました。自分の頭のほかに、脳みそがもうひとつある。これはとても気持ち悪いです。しかし、"ブレイン"には、"総理のブレイン"のように、頼りになる相棒を指す場合もあります。また、頭脳は身体の中にあり、いつも一緒に行動しています。これはノートPCを肌身離さず持ち歩いて使うというスタイルに通じます。もうひとつの、とすることで、最新のコンピュータです。あなたの頭脳と同じようにパワフルです。という意味を持たせて、買う人のプライドをくすぐっています。そういうコメントを添えて、このコピーは採用されました。

確かに、インスピレーションで採用されたものもあります。
ある商品で、

   "ライバル不在"

と提案しました。これは"今しか使えない言葉です"と、口頭で説明するだけで採用されました。日本の広告業界には、他社と比較して優位性を誇示することはみっともない、という慣習があります。私はこの会社のプロフィールを知っていました。その気持ちを担当者もわかってくれました。この会社は外資系で、海外ではとても成功していました。しかし日本参入にあたっては後発になり、日本とは異なる販売方法を貫いたため苦労したことでしょう。それでも、製品の評判が良く、日本でブランドを確立しました。ちょうどそのとき、同じ時期に日本に参入したライバル会社は日本から撤退し、別のライバル2社が合理化のため合併します。この会社だけが、順風満帆とシェアを伸ばし、顧客に安心して商品を提供できる環境を築いていました。そのときの新製品です。"ライバル不在"。どうぞ安心して購入してください、いま選ぶべき商品はこの会社しかありません。こういう意味を、私が説明するまでもなく、宣伝担当者がわかってくれたわけです。実際には分厚い企画書はありません。しかし、私と宣伝担当者のあいだには、目にみえなくても通じ合える企画書があったわけです。

第18回で、強い文は短い、と書きました。これとは対照的な話になりました。短い文を強くするには、その文にしっかりとした裏づけが必要です。選んだ言葉に責任を持つ。それが言葉の重みとなります。

 

→ 第23回:ギリギリまでがんばる!