二組の恋人同士を比較して、付き合いの長さを書き分けてみましょう。隆志さんと昌子さんはもう5年以上も交際しています。尚樹さんと弘美さんは出会ったばかりです。あなたならどんなふうに表現しますか?
・隆志と昌子は5年以上前に出会った。一方、尚樹と弘美は15日前に知り合った。
説明文にするとこうなるでしょうか。ハッキリと数字で表わし、交際期間を明確にしています。裁判の記録を読んでいるようですね。ちょっとあじけない気もします。でも、説明文ですから合格です。
小説なら、こんな表現方法もあります。
・「ねえ、あれってどうしたっけ」
昌子は隆志に声をかけた。
「あれは、向こうに送ったよ」
と、隆志は言った。
・尚樹は食器棚を指さして、
「あそこのそれ取って」と言った。
「これね」弘美が答えた。
「ちがうよ。そっちだよ、ほら」
「それ、だけじゃわからないわよ」
"あれ"、"これ"ですぐに話が通じれば、交際期間が長く、気心が知れているとわかります。また、お互いの意思がかみあわない様子を示せば、付きあったばかり、あるいは、浅い関係であるという印象を読者に与えます。または、二人が不仲であるというイメージですね。お互いの意思を通じ合わせるためには、"指示語"の内容を正確に伝える必要があります。これは、文章を書く上でも大切です。
ライターと読者の関係は、長年連れ添った夫婦ではありませんし、何十年もともに過ごした"無二の親友"でもありません。したがって、文章を書く上では"こちらの気持ちは伝わらないもの"と心がけましょう。"この程度でわかってくれるだろう"という気持ちは書き手の"甘え"です。うかつに省略してはいけませんし、指示語の多用は禁物です。
・問題。
品川駅は新幹線の新駅設置を決め、建設工事を開始した。これは周辺住民にどんな影響を与えるだろうか。100文字以内で説明しなさい。
こんな問題が出たらどうしましょう。この文章で"これは"はなにを指しているでしょうか。"これ"は"旅客に影響を与える"ものですね。新幹線は旅客が利用するものです。影響はあるでしょうね。新駅ができれば旅客の利用方法は変わります。でも、当面は工事によって迷惑する旅客のほうが多いでしょう。つまり、この問題は論点があいまいで、出題者の意図が明確ではありません。もし、新駅について答えてもらいたいなら、
・この新駅は周辺住民にどんな影響を……
と書くべきだし、工事について論じたいなら
・この工事は周辺住民にどんな影響を……
と書いたほうがわかりやすくなります。
指示語は書き手にとってはとても便利な言葉です。同じ言葉を何度も繰り返す必要はありません。長い固有名詞を何度も使うと"しつこい"という印象を持たれやすくなります。指示語を使えば固有名詞を減らせます。しかも、たいていの指示語は2文字か3文字ですから、文字数を節約できます。
しかし、文章を曖昧にして誤解を生みやすいという"副作用"があります。指示語を使うときはくれぐれも慎重に。使わないで済むなら、使わないほうがいいでしょう。なぜなら、指示語、いわゆる"こそあど言葉"は、書き手の思い込みが反映されます。書く側が指示語の対象を認識していても、読者は別のものだと判断する場合があります。
私はこのコラムで、ライターの文章は、制限された文字数にたくさんの情報を盛り込むべきだ、と書いています。しかし、その結果として読者に誤解される表現になっては本末転倒です。説明文を書くなら、しつこいなあ、くどいなあ、と思うくらいがちょうどいいと思います。試しに、指示語をいっさい使わないで文章を書いてみてください。それを読み返して、あまりにもくどい、しつこい、と思う部分だけをひとつずつ指示語に置き替えましょう。置き替えながら、指示語の対象がはっきりしているかどうか、しっかりチェックしてください。
指示語は使わないもの。固有名詞が何度も出てきて読みづらい時に"しかたなく"使うものだと心得ましょう。安易に指示語を使うよりも、ずっとわかり易い文章になりますよ。
→ 第18回:強い文は短い