坂本由起子
(さかもと・ゆきこ)

マーケティングの仕事に携わったあと結婚退社。その後数年間の海外生活を経験。地球をゴミだらけにしないためにも、自分にとって価値のあるものを探し出したいと日々願う主婦。東京在住。

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第10回:小さな宝探し

玄関を入ると土間があり、そこで祖母が手打ちうどんや、おまんじゅうなどをよく作ってくれた。奥の部屋には手作りの味噌と梅干しが漬けてある樽があって、樽の匂いは鼻の奥を刺激する。居間には炭火の掘りごたつがあり、そのせいか柱や梁は黒光りしている。誰もが思い描く日本の古い民家だ。ゆうに100年は経っていると思われるこの民家は、21世紀を迎えるとともに、その姿を変えることになってしまう。長野の山奥に住んでいる祖父母の家を建て直すことになったのである。去年の夏のことだった。

慣れ親しんだ家を建て直すのは、高齢の祖父母にとってかなりストレスがあるはずだったが、やはり年月にはかなわなかったのだろう。家はこの10数年でひどく傷んでしまった。夏は過ごしやすい長野も、冬はかなり厳しい。日本の古い家は高温多湿の夏に過ごしやすく作ってあるらしく、夏は風通しがよく気持ちいいが、逆に冬は家の中でも凍えるほど寒い。そんな祖父母の家では5月までこたつがあって、9月に入るとまたこたつを出していた。都内のマンション住まいに慣れてしまうと、一軒家がこんなに寒いものなのかと驚く。

さて、建て直す前にひとつ大仕事が待っていた。仮住まいへの引っ越しだ。「60年以上引っ越したことがない家の引っ越し」というのを想像できるだろうか。親のもの、子供のもの、孫のもの、三世代分の荷物が捨てられずに置き去りになっているのである。何から始めていいのかわからず、途方に暮れていた祖父母は、家ごと捨ててしまっても構わないと言い出しそうだった。その言葉が出る前に、片づけを手伝いに行くことに決めた。じつは、祖父が持っている皮製の旅行鞄が以前から欲しいと思っていたので、これを機に譲ってもらうつもりだった。他にもまだ何かあるかも知れない。ちょっとした宝探しにでも行くような気持ちで長野へ向かった。

古い鞄を欲しがる孫は私だけだったようで、すんなり譲ってもらえた。初めは祖父も、「こんなものでいいのか?」と不思議そうだったが、他に何かないかと一緒になって探してくれた。そして、小さなちゃぶ台と、木製の引き出し付き裁縫箱と、古ぼけた升を見つけた。ちゃぶ台は私の母が子供の頃に使っていたものだった。升は祖父の母が使っていたもで、懐かしそうに昔の話をしてくれた。旅行鞄は満州にいた頃のものらしく、大連ホテルというステッカーが貼ってあり、時代を感じさせた。そして今まで知らなかった昔の話を聞き、自分のルーツを垣間見たような気がして、うれしくなった。

昔の人はものを大事にしてきたと、あらためて感じる日だった。世代交代しながら残っていくものは、いつか価値のあるものになる。そう思うと、取り壊した家のことが悔やまれた。なにしろ「新築」の家なのだから。あの柱はたぶん業者が建材として再利用をするかもしれないが、本当はその柱を使って建て直して欲しかった。

母からもらった宝石をリフォームしたことを思い出した。買ったものとは違い、甦らせた喜びのようなものがあった。そして今度は私のところで大事にしてあげようと思った。今回、祖父母からもらった旅行鞄とちゃぶ台はリビングルームのインテリアに。裁縫箱はデスクの上で小物入れとして、我が家で再び甦ることになった。

 

→ 第11回:思い出を作ろう


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