■貿易風の吹く島から~カリブ海のヨットマンからの電子メール

佐野草介
(さの・そうすけ)


道産子。小学生の時、フランス人4人がヨットで世界1周する記録映画を見て、人生の針路を決定する。水上生活者として20余年。前半は地中海、後半はおもに大西洋とカリブ海で暮らす。現在はカリブの砂州、カージョ・オビスボにヨットを舫い棲家とする。




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第1回:君よ知るや南の島

更新日2001/04/12 


大西洋を渡る──地中海で数年クルーズした者にとっては当然とでもいうべき目標となる。地中海の、まるでバカンスの延長のようなセーリングに慣れてしまった自分とは対象的に、ときおりスペインのマリーナで出会う「カリブ帰り」たちは、本物の潮の香りを漂わせているように思えたものだった。 長いクルーズに出るときに一番苦心するのは、陸の上のシガラミを断ち切ることである。これさえいったんふっ切ってしまえば、あとは簡単だ。洋上を前進するしかないのだから。

私にとってのシガラミとは、かなり気に入っていたイビサ島での生活であり、大きく海側に開いたテラスを持つアパートであり、島の友人たちであり、それに本とレコードであった。当時、半年働くだけで残りの半年をセーリングすることが許される仕事を持ってはいたのだが、大洋を渡って向こう側で島巡りをするとなると、どうにも6カ月で足りるものではない。時間に追いまくられながらヨットで動くことほど愚かなことはない。そこで、地上のシガラミをスパッと切って…とはできずに、まるでキレの悪いナイフで押し切りするように、散々迷い悩んだ末に身の周りの物を友人宅に預け、いつの日かイビサ島に戻ってくる日の備えまで考えたりしながら、極めて思い切りの悪い状態で100パーセントの時間をセーリングにつぎ込むヨットライフに飛び込むことになった。結局それからイビサに戻ることはなく、10余年をカリブで過ごすことになったのだった。いま思えば、あのときの一大決心の重要な部分を占めていたのは「ケチの根性」であったような気がする。平たく言えば「どうせ生まれてきたのにやりたいことをやらずに老い朽ち果 てるのは損だ。体が動くうちにやりたことをやらなきゃ損だ」という、妙な人生損得理論が作用していたように思う。結婚して2年目の37歳の夏のことだった。

長い航海をするにあたって、海のベテランたちが膨大な量のアドバイスを書き残しているので、まずそれらを読破して、かれらの忠告に素直に従うのが最良の策と考えた。エンジンのスペアパーツにはじまり、緊急避難用の耐水広口ジェリーカンには釣り針、カンパン、薬、カロリーメイト、クラッカー、コンパス、ナイフ、水5リットル、反射鏡、発煙筒などなどを詰め込む。いざというときには、それらが即座に取り出せるようにコクピット近くに縛り付ける、などなど。しかし、先達の貴重な忠告どおりに準備などできるわけがないことを悟るまでにはそんなに時間はかからなかった。トテモじゃないが、何から何まで積み込むわけにはいかないのだ。エンジンのパーツを探しにでかけたときには、メカニックが言ったものである。「オイオイ、修理屋でも開く気か」

金にもスペースにも、ましてや積める重さにも絶対的な限度があるのだ。教科書どおりに備品やスペア、食料、医療品を積み込んだ日には、普通のヨットならば沈没することまちがいなしだった。安全を守るための備品の重さのせいで逆にヨットが危険な状態にさえなりかねなくて、ここでもまた切り捨て作業に迫られることになった。こんな風にして喫水線が20センチばかり余分に沈んだヨットで、不安と期待の入り混じった、奇妙な興奮に気を高ぶらせながら、一路カリブ目指してカナリー諸島のラスパルマスを離れたのである。よく晴れた冬の夕暮れどきのことだった。

我がヨット、アトランティスは1974年に建造された老朽船で、2本マストを持つ39フィートのケッチである。ヨット乗りは、とかく自分のヨットに対する思い入れが激しくて、自分の船が最高だと信じている。自分の船のことを説明するときに「決して速くはないが乗り心地が良い」とか「居住性が良い」というとき、それはセーリング性能が悪いということを意味している。「保針性がよい」は、舵の効きが悪くて狭い港内で苦労しているという意味だ。「波を叩かずに切るように走る」というのは、デッキが常に海水で洗われていて、いつでも水浸しになっているという意味である。とにかく誰もが自分のヨットが一番なのだ。「他人の女房の悪口は言っても、ヨットの悪口は言うな」という格言さえある。

そして我がヨット「アトランティス」のことである。少々コジツケがましいが、ヨットはライフスタイルであると言うのが私の持論である。私事として言えば、操船やメンテナンスでいったいどれだけ間違いを犯してきたことか。私のヨットはそうした私の数限りない、ときには大きなミステイクまで受け入れくれる船でなければならない。これまで何度「オット!」もしくは「アリャ!」を繰り返したことか。それでもどうにか目指す場所にたどり着いて人一倍セーリングを楽しめたのは、愛艇アトランティスが神経質なヨットではなく、下手な乗り手に寛容であったからだと思っている。性格的にアトランティスと私はウマが合ったのだろう。西部劇で馬の方が道を良く知っていて、持ち主のガンマンは馬の背で居眠りしているという図に似ていなくもない。

航海の途中、いったん貿易風のなかに入りそれなりにセールをセットしたあとは舵に全く触る必要もなく、私たちはアトランティスにただ運ばれている感じだった。こんな航海を20日間続けたあと、私たちは仏領マルチニク島に着いた。島を見逃してしまって半日ばかりの距離を通 り過ぎてから引き返すというアクシデントはあったけれども、これはアトランティスの罪ではない。

 

 

第2回:大洋を流れる時間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
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