坂本由起子
(さかもと・ゆきこ)

マーケティングの仕事に携わったあと結婚退社。その後数年間の海外生活を経験。地球をゴミだらけにしないためにも、自分にとって価値のあるものを探し出したいと日々願う主婦。東京在住。

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第19回:一緒に歳をとろう

モノに友達や家族のような感情を持ったことはないだろうか。わが家の場合、自動車がそうだ。自分の手足となって、楽しいときも辛いときも、いつでも一緒に出かけるからなのかもしれない。そしてその思いは、旅をするとますます強くなる。

'96年のアメリカ、シリコンバレーは活気に満ちていた。高級外車がごく普通に走っていたし、恵まれた気候のおかげでオープンカーを走らせている人が多い。1人1台の車があたりまえのこの国では、コミューターといって通勤用の車が必要だ。そのコミューターとして当時人気があったのが、MAZDAのmiata(日本ではユーノスロードスター)だった。「ミアタ」ではなく「ミアーラ」というと、それっぽい。特にIT企業に勤める若い男性に人気があった。そういえば、テキサス州ではmiataは女の子が乗る車の代名詞になっていると聞いた。やはり男はワイルドな車でなくてはいけないらしい。州によってまるで別の国のように好みがはっきりと分かれるのがおもしろい。それだけアメリカは広いのだ。

さて、アメリカで最初に買ったのは4WDの車。ところが今までスポーツタイプの車に乗っていた私たちには、どうもしっくりこない。いつまでたってもレンタカーにでも乗っているような感じなのだ。そんなときたまたま立ち寄ったディーラーでmiataに試乗して一目惚れ。一緒に帰ることになった。

車で行けるところはどこでも車で行ってしまう私たちは、西海岸の下はサンディエゴから上はポートランドまで、一緒に旅もした。地図では見過ごしてしまうような小さな街が実はとてもきれいだったり、突然霧に包まれて雲の中を走っているかのようになったり、時には迷子になったり。自転車よりも速く、飛行機よりもゆっくり景色が流れていく感じが旅にはぴったりなんだと思う。

誰かが車が一番美しく走るためには2人乗りがベストだと言っていた。ただ楽しく走るために生まれた車は、乗っていて本当に楽しいのだ。楽しいけれど実用的でないことが時にはあだとなることもある。友達が来た時と大きな買い物をする時はさすがに困る。ある日アウトレットで念願のBOSEのスピーカーを買ったときのこと。アンプと小さなスピーカーが5つ。これなら持って帰れるかなと思って迷わず買ったのだが、それは段ボールに入っていることを全く考えていなかった。車まで荷物を運んでくれた店員さんも「まさかこの車で運ぶのか?」と絶句。段ボールは要らないからといって箱からすべて出し、トランクに入りきらない分は足元に入れたりしてなんとか納まった。こんなお客は最初で最後だと思ったに違いないが「こんどmiataで買いにきたお客のためにこの入れ方を覚えておくよ」と店員さんも笑っていた。そんなわけで、スピーカーにもちょっとした思い出話ができあがった。

通勤、買い物、映画、食事……どこへ行くにも一緒で、たぶんわが家のことを一番良く知っているのはこの車ではないかと思うほど。すっかり家族の一員となったmiataは帰国することが決まったときも、もちろん連れて帰ることにした。海を渡って日本までやってきたこの子は、既に10万キロ以上走ってしまったが手放すつもりはない。これからもずっと一緒に歳をとっていきたい。

 

→ 第20回:環境にやさしくなければ


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