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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第749回:天の川の水辺 - 京阪電鉄 交野線 -

更新日2025/10/16



京阪電鉄の中書島駅は、本線の大阪方面と宇治線が同じプラットホームだ。そして宇治線から戻ってくると、当然ながら大阪方面は向かい側の乗り場だ。楽でよろしい。この乗り継ぎ順を考えた私は偉い、などと悦に入ると、ちょうど本線に特急がやってきた。

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中書島駅から本線の特急に乗車

幸いにもダブルデッカーの2階席が空いていた。プレミアムカーの乗り心地も良かったけれど、この席だって標準以上だ。京阪神の電車は普通車も無料でクロスシートに乗れる路線が多い。しかし近年はロングシートが増えており、やがてプレミアムカーやグリーン車のように、クロスシートが有料席限定になってしまうかもしれない。

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たった2駅だけど2階席へ

2階席の景色を楽しむ時間は短かった。途中で樟葉(くずは)という駅に停まり、次の枚方市(ひらかたし)駅で降りる。所要時間は16分だった。8度くらい川を渡り、電車の車庫があり、景色の変化が面白いから、なおのこと短く感じた。乗り続ければひらかたパークという大きな遊園地もある。走馬灯にできそうな路線だ。

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2階席からの眺望は楽しい

枚方市は京都市と大阪市の中間にあり、双方に通勤する人のベッドタウンとして発展したという。枚方は日本書紀など古い本にも載っているそうで、宿場町としての歴史も長い。ちなみに「ひらかたパーク」は1926(昭和元)年に開業して以来の歴史があり、日本でもっとも古い遊園地だという。蔦屋書店創業の地でもあるけれど、創業は1982(昭和57)年であり、江戸時代に名を馳せた蔦屋重三郎とは関係ない。ともあれ、枚方市は大都市から等距離の好立地で、歴史的にも便利であり、文化が育った。住宅商業娯楽が揃った大きな街である。

枚方市駅も相応に規模が大きい。本線は2面4線で上下線とも緩急接続できるし、支線の交野(かたの)線も独立した1面2線が与えられた。そのうち1線は本線の上り副本線としても使える。交野線と大阪方面で直通運転が可能な配線で、かつてはそんな列車もあったという。ただし平面交差だから直通しづらいようで、交野線はすべて枚方市駅折返しだ。

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次の乗車は交野線

6番のりばで交野線の電車を待つこと数分。やってきた電車は10000系だ。宇治線の帰りに乗った電車と同じ形式で、運転席の窓が大きい。嬉しいことに運転室の真後ろに座席があり、迷わずそこに座った。ロングシートだから前面展望を見るなら首を横にする必要がある。運転士さんの手元も見える。運転台に2本のレバーが直立しており、左が加速、右がブレーキだ。2ハンドルコントローラーで、回転式ではなくレバーという方式は初めて見た気がする。

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運転室の真後ろに着席

京阪電鉄交野線は枚方市から南下して交野市駅を通り、私市(きさいち)駅に至る。営業距離は約7キロ。しかし当初の計画はさらに南下して、大阪電気軌道の生駒駅を結ぼうとした。交野線の前身は信貴生駒電鉄の枚方線だ。信貴生駒電鉄は現在の近鉄生駒線も手がけている。どちらも信貴山朝護孫子寺の参詣輸送を目論んで建設された路線である。建設資金の不足で参詣鉄道としては挫折した路線だったけれども、大阪への通勤路線となって、京阪電鉄が引き取ってから沿線の宅地化も進んだ。単線で開業した路線が現在は全線複線だ。

枚方市駅を発車した電車は、すぐに本線から右に逸れ、天野川を渡ると宮之阪駅に停まる。天野川が商業地域と住宅地域の境界だったようで、ここからずっと住宅地を進む。天野川は生駒山地に発して淀川に注ぐ一級河川だ。この川をたどれば生駒に通じる。線路も川に沿うかと思えば、次の星ヶ丘からまっすぐに伸びている。建設当時は人家が少なく、用地取得も容易だったようだ。途中駅も対向式プラットホームだから、線路はまっすぐなまま。線路の両側も住宅地で、整った区画が続いている。

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線路はまっすぐ

交野市駅で半分くらいの乗客が降りて空席ができた。大阪府交野市は大阪と京都と奈良を結んだ三角形の中心にあたるそうで、つまりここに住むと三つの都市から勤務先、通学先を選べる。住まいとして人気が出るわけだ。

交野市駅を発車した電車は、第2京阪道路を潜った。やがて勾配を上っていく。線路の両側に緑地が配置されていて、これは盛土の裾野を広く取ったのだろうか。緑のプロムナードはちょっと上品だ。この勾配盛土区間はJR学研都市線と交差するために作られた。

学研都市線こと片町線は1898(明治31)年に四條畷駅~長尾駅間が開通した。交野線は1929(昭和4)年の開通だ。立体交差部の近くに片町線の河内磐船駅がある。交野線も1935(昭和10)年に信貴電磐船駅を作った。のちに京阪磐船駅と名を変えたけれども、1948(昭和23)年に廃止されてしまう。高いところにある京阪磐船駅が不評だったのだろう。その代わり、南側となりの河内森駅が片町線河内磐船駅の連絡駅になった。

河内森を出ると直線区間が終わり、緩やかな右カーブ。そして終点の私市駅に到着する。線路の先は標高240メートルの丘があり、トンネルか、急勾配で乗り越えるしかない。なるほど建設費不足で中断するわけだ。

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15分ほどで終点、私市駅に着く

交野線、片町線、枚方市、交野市と、カタカタが続いたところで、終着駅の私市は(きさいち)と読む。由来は皇后(きさき)の世話役の私部(きさべ)で、后の私的な役目というところ、呼び名は略されたようだ。そして私部はそのまま皇室領を示す言葉になった。交野市の私部地域は敏達天皇の后のもの。後に推古天皇に献上されたという。

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天野川付近へ散歩。在原業平の歌碑がある

駅の周辺はすべてが住宅地で、由来を示しそうな神社がいくつかある。すぐに折り返すなんてもったいない。すこし散歩してみた。駅前広場に「私市駅周辺ハイキングマップ」という案内看板がある。なるほど、行き止まりの線路の向こうは自然公園になっている。ハイキングコースがいくつか紹介されているけれども、所要時間は最低でも45分とあって、1日がここで終ってしまいそうだ。

ふと視線をずらすと、ちいさな看板に「天の川散策マップ」があり、「水辺プラザまで400m」という矢印があった。人は1時間に4キロが目安だから、400メートルは10分の1、つまり6分で行ける。

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水面と高低差がある

水辺プラザはいわゆる親水公園だけれど、水面と歩道の高低差が大きくて、増水すればたちまち水が上がってくるのだろう。ちなみに天野川はこの地域が「甘野」と呼ばれたからで、もともと甘野川だった。川砂が白く光って見えることから宮廷人が「天の川」になぞらえて歌を詠んだところ「天野川」と呼ばれたという。在原業平が「狩り暮らし棚機津女(たなばたつめ)に宿借らむ、天の河原に我は来にけり」と詠んだ「天の河原」が天野川だ。

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沈下橋があった。渡らなかったけど

犬の散歩に混ざり、畑の主にイチゴを植えていると教わりつつ私市駅に戻る。途中に立派な構えの「はちみつ専門店」がある。はちみつの専門店とは興味深い。店に入って聞いてみると、はちみつにも採取する花によって風味が違うそうだ。手のひらサイズの瓶を一つ買った。ずっしりと重くて、少し後悔したけれど、帰宅後の開封が楽しみでもある。

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はちみつ専門店に立ち寄った

私市駅に戻ってみると、駅舎はとんがり屋根のかわいらしい姿をしていた。このとんがり屋根が天の川を指し、電車が天野川と橋渡しする。そんなエピソードを作ったら、もっと人気が出るかもしれない。七夕伝説の始まりは枚方市という説もある。交野線で電車を「ひこぼし」「おりひめ」として走らせるイベントもあったという。なるほど、交野線こそ、天の川に沿って走る銀河鉄道といえそうだ。

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私市駅はとんがり屋根。到着時は気がつかなかった

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プラットホームにあった鉄道グッズ販売機

-…つづく

 

 

第749回の行程地図(地理院地図を加工)
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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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