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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第740回:3列席のグリーン車 - いなほ5号 新潟~酒田 -  

更新日2025/05/01



現美新幹線の新潟着は09時14分。10時の待ち合わせまで時間があったので駅前を散歩する。スケジュールを確認するためにメールを開くと、そば屋の取材が明日になっていた。なるほど、それで今夜は一泊になっていたわけだ。夕日ダイヤのきらきらうえつに乗るだけなら最終の新幹線に間に合う。自分が日程を組むならそうしたはずだ。自分の不注意を棚に上げて、他力本願の旅は良くないと思った。

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新潟駅は改装中、地上にあった在来線は高架化された

気持ちを切り替える。昼飯の予定がないなら、万代バスセンターへ行こう。新潟県民のソウルフード「バスセンターのカレー」を食べたい。MAXときで駅弁を食べ、現美新幹線でレモンケーキを食べたばかり。それでもバスセンターに近づくにつれて、カレーの香りが強くなる。胃が膨らんだ気がする。

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珍しい連節バス。新潟市は路線バスの再編に取り組んでいる

バスセンターのカレーは、立食の「万代そば」が提供する。つまり「そば屋のカレー」である。めんつゆと同じ和風だしに、豚骨スープを加えたハイブリッドスープだという。私が若い頃はCoCo壱番屋のようなカレーライス専門店はなかった。カレーライスは家庭料理、外食で食べるならそば屋に行く。カレーうどんかカレーライスか、という選択だ。出されたカレーライスは懐かしい黄色に仕上がって、確かにあの頃の懐かしい味だ。地元の人々が通う気持ちもわかる。わざわざ遠くから食べに行くほどではないけれど、なにかの用事でそこにいるなら食べに行きたい。私にとって、かつて東京・蒲田駅前にあった南蛮カレーがソウルフードである。

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9時台にこの行列。周辺でイベントを開催しているからか

立ち食いそば屋に長居は無用。バスセンターを出た通りでイベントがあり賑やかだ。ちょうど良いところに唐揚げの屋台があった。揚げたての唐揚げを素通りできない。さっきのカレーとこれで昼飯、合わせ技だ。

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黄色いルーと真っ赤な福神漬けの色合いも懐かしい

パトカーや白バイが展示されて子どもたちが見学している。私が機器類を観察していると、お巡りさんがパトカーに乗ってみませんかと誘ってくれた。しかし運転席と助手席は子どもたちが順番待ちをしており、どうやら私が案内されるのは後部座席のようだった。私は笑って手を振り、勘弁してくれとお願いした。お巡りさんも心得たようで笑っていた。あの席で、車内補充券のようなペラペラの青や赤のキップを受け取ったものだった。道路にも急行券や特急券があることを、フロント座席に座る子どもたちは知らない。知らなくていいけどね。

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揚げたての唐揚げを通り過ぎることはできない

カメラマンS氏と合流して、12時32分発のいなほ5号で酒田へ行く。きらきらうえつの夕日ダイヤは酒田発15時の新潟行きだから、私たちが迎えに行く形になる。そしてS氏のリクエストでグリーン車に乗せていただいた。S氏も鉄道ファンで、この連載は私とS氏のコンビで取材している。S氏と伏せているけれども杉山さんだ。取材先で名刺交換するときもややこしく、ここでもややこしいからS氏で進める。

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新しい高架駅は新幹線プラットホームと対面乗り継ぎができる。
いなほ5号は夕日カラーで、ヘッドマークも日没がデザインされていた

そのS氏が望むグリーン車は、JR東日本では珍しい3列シートになっている。豪華である。S氏いわく、きらきらうえつの車窓を撮るために左右に動き回るから、普通車よりグリーン車が都合がいいという。なるほど、上手いことを考えたな。私は「版元の経費で乗るからには、ここも書いた方がいいのか」と悩んでしまう。たぶん文字数の都合で無理だろう。

グリーン車は国鉄時代から「4列でゆったりした座席、座席間隔を広めに」が定番だった。しかし、国鉄からJRに変わった頃から、在来線特急が3列シートに変わってきた。JR東日本も常磐線「スーパーひたち」向けに3列を採用した。しかし、その後に登場したE751系、255系などは4列だ。成田エクスプレスの251系は4列から3列に変更されている。高速バスなど競合する乗りものや需要の大小によって変わるようだ。

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JR東日本では珍しい3列グリーン車

E653系のグリーン車は座席間隔を広げただけではなく、前後の席の間に衝立を作っている。後席に遠慮なく背もたれを倒せるし、プライバシーも保てる。JR各社の中でも上出来で、これが基本になってくれたら良いと思う。

特急「いなほ」は、新潟駅と秋田駅を結ぶ列車だ。1969(昭和44)年に上野駅と秋田駅を結ぶ特急「いなほ」として誕生した。この列車は新潟駅に停車せず、新津駅に停車した。新潟駅まで行くと、スイッチバックするかたちで白新線を経由することになり、遠回りになってしまうからだ。1982(昭和57)年に上越新幹線が開業すると、「いなほ」の重複区間は廃止されて、新潟駅~酒田駅、新潟駅~秋田駅、新潟駅~青森駅を結ぶ列車として再出発した。2010(平成22)年に秋田駅~青森駅間が分離されて特急「つがる」に統合される。

運行開始時はキハ81系というディーゼル車両が使われていた。先頭車は電車特急「こだま」に似せたボンネットタイプで愛称はブルドッグ。羽越線の電化完成によって485系電車になった。485系は国鉄を代表する特急車両だった。しかし老朽化とサービス向上のため、2013年から2014年にかけて485系からE653系に交替した。Eが付く電車はJR東日本が製造した形式だ。新しい電車に見えて製造から15年経過している。この電車は常磐線で特急「ひたち」として活躍してきた車両だ。

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ひとり旅の特等席だ

E653系はもっとも普及した485系の後継車両として開発された。常磐線専用というわけではなく、交流電化区間と直流電化区間の両方に使える特急型車両だ。しかし、新幹線が普及したために交直両用の在来線特急は少なく、常磐線の「ひたち」「スーパーひたち」と羽越本線の「いなほ」くらい使い道がない。そこでまず「ひたち」の全列車をE653系で置き換えた。次は「いなほ」の番だ。しかし新車のE653系ではなかった。2011年に常磐線特急が整理され、「ひたち」「ときわ」向けに新型のE657系を投入し、玉突き的に追い出されるE653系のうち、7両編成版が「いなほ」に回った。

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フリースペースも設置された

E653系には4両編成版もあって、こちらも新潟地区に送られた。2015年の北陸新幹線金沢延伸時に新潟駅とえちごトキめき鉄道の上越妙高駅を結ぶ特急「しらゆき」になった。これは、新潟駅と金沢駅を結んでいた特急「北越」のうち、北陸新幹線と競合する金沢駅~直江津駅を取りやめた形だ。直江津で打ち切らず、えちごトキめき鉄道に乗り入れたところが興味深い。沿線は新潟県第3位の規模を持つ上越市だ。「しらゆき」の乗り入れは、新潟県の「県都と上越市を結ぶ」という使命感によるものだろう。新潟県の第三セクター、えちごトキめき鉄道への支援策でもある。

E653系を新潟地区に投入するにあたり、JR東日本はE653系のリフォームを行った。走行的分野で耐寒耐雪構造を施した。先頭車連結器周囲の排障器を強化し、床下機器を中陰に着雪、防雪対策を実施している。車体の塗装も変更し、日本海に沈む夕陽と乳白色の空、赤く輝く海のイメージになった。今年から瑠璃色とハマナス色に化粧直しした車両もあるらしい。私たちが乗った車両は夕陽デザインだ。これから乗る「夕日ダイヤ」の旅にふさわしい。

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羽越線の車窓風景。海岸線の変化が楽しい

そして先頭車の普通車を3列シートのグリーン車に改造した。常磐線時代のE653系はすべて普通車だった。上位列車の651系「スーパーひたち」があったからだろう。しかし新潟~秋田~青森は日本海縦貫線として重要なルートで、伝統的に特急列車はすべてグリーン氏車を連結していた。そしてなによりも、上越新幹線のグリーン車に乗ってきた客のために、乗り継ぐ列車にもグリーン車が必要と考えたと思う。

せっかくのったグリーン車で、S氏は室内と車窓の撮影に忙しい。幸いにもほかに乗客がないのでやりたい放題だ。私はというと、ゆったりした座席に沈み込み、ぼんやりと海を眺めている。晴天だから、きっと夕陽も美しいだろう。早起きだし、まんぷくだし、快適で眠りそうになる。3列グリーン車はもっと普及してほしい。高いけど。

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車内販売でカタクナイアイスを食べた

-…つづく

 



第740回の行程地図(地理院地図を加工)
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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
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[全24回] 
デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
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■鉄道ニュース(レポーター)
マイナビニュース
ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

 

■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
杉山淳一 著


『みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック (LOGiN BOOKS)』

みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック
杉山淳一 著


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