※連載再スタートしました。隔週木曜日更新予定
第739回:落ち着かないアート - 現美新幹線 -
2018年10月14日。鉄道記念日に列車で旅するとは幸せなことだ。今日は新潟に行く。乗り鉄と食がテーマの雑誌の取材だ。取材対象は新潟~酒田間の観光列車「きらきらうえつ」と、新潟の「へぎそば」だ。「きらきらうえつ」は私の提案だ。2007年に乗った時の夕陽が素晴らしかった。へぎそばは編集部が決めた。カメラマンと新潟駅に10時集合という段取りだ。食の取材が先だ。飲食店の取材はピークタイムを外す必要があり、ランチタイムの前に済ませる。
現地集合の行き帰りはひとり旅も同然だ。新潟駅に10時前に着く列車は、東京駅7時48分発の「MAXとき305号」がちょうど良い。カメラマンもこの列車を選ぶはず。しかし私は東京駅7時ちょうど発の「MAXとき303号」に乗り、越後湯沢駅で降りた。越後湯沢駅から新潟駅まで「現美新幹線」という観光列車が走っている。越後湯沢駅8時24分、新潟駅9時14分着だ。待ち合わせには早めに着くけれど、遅くなるよりずっと良い。

2階建て新幹線MAX、もちろん2階席に乗る
現美新幹線の「現美」は「現代美術」の略だ。秋田新幹線「こまち」で活躍したE3系電車のうち、引退した編成を改造した。E3系はもうひとつ、車内に足湯をしつらえた「とれいゆつばさ」という観光列車もある。2010年頃から各地で観光列車がデビューしたけれど、新幹線車両はこの2本だけ。観光列車ブームもついに新幹線に到達した。
「とれいゆつばさ」山形新幹線区間内を往復する。足湯という奇抜さから大人気となっている。それに引き換え「現美新幹線」の人気は今ひとつ足りない。2016年4月の運行開始時は、6両編成のうち1両が普通車指定席として販売され、残り5両の「アート空間」は旅行商品として販売された。しかし、1ヵ月後には旅行商品の催行人数を割り込み、立ち席特急券で乗れるようになった。そして7月から旅行商品がなくなって、5両が「自由席」になった。奇抜な内装で自由席が多い区間運転の臨時「とき」という扱いになってしまった。

朝食は駅弁。東京駅の定番のチキン弁当がボンカレーとコラボしていた

チキンライスではなく、サフランライスにカレールウと福神漬け
私はもともと現代美術に関心がなかったから、「現美新幹線」にも興味を持たなかった。しかし、観光車両と意気込んだにもかかわらず旅行商品化に失敗し、そうかといって座席の少なさから都心で運行できない列車には運命を感じた。新潟取材の日程を組んでいるときに「現美新幹線」に乗れるとわかって興味が湧いた。

現美新幹線は黒い、まさに異色の存在

扉の横のマークは「現美」の字をモチーフにしている
越後湯沢駅で待っていると、真っ黒な電車がやってきた。艶があり高級感がある。しかし外から各車両を眺めていくと、どうにも奇抜で理解しがたい絵が貼り付いている。タイトルや解説がないと意味がわからない。報道資料によると、写真家の蜷川実花氏が長岡の花火をイメージしてデザインしたとのこと。なるほど、だから先頭車前面は真っ黒で、中間車は派手なのか。花火だとハッキリ解った車両は1両だけだった。

花火と言われたら、確かに花火だ
私は指定席を予約している。11号車だ。まばゆいほどの黄色である。普通車の扱いだけどグリーン車用のシートが使われていて、座面も背もたれもヘッドレストも黄色の模様が入っている。通路も黄色い三角が並び、日よけスクリーンも黄色だ。座って落ち着くまでちょっと時間を要した。この模様がアートなのだろうか。

黄色がまぶしい11号車。なんだか落ち着かない
新潟まで約40分の旅だ。各車両の現代美術を鑑賞しに行く。隣の12号車は片側が鏡の壁になっていて、ひとり用のソファが3脚、テーブルを囲む。これが7組。鏡が壁を塞いでいるけれど、鏡の向こうにこちらが映っているから、鉄道車両と言うより船室のような広さを感じる。

12号車は幾何学的な鏡張り、ガマガエルが汗をかきそう?
13号車は半分ずつ分かれていて、片側はカーペットの小上がりにプラレールが置いてある。子ども向けの遊び場だ。現美新幹線の車両もあった。これは良いアイデアで、大人にも難解な現代芸術は子どもにとって退屈なはず。「ここで遊んでいなさい」ということだ。そう思ったら、これもアート作品だそうで、子どもに現代芸術の入口を楽しんでほしいという。言われてみればカーペットや壁にプラレールのような模様がある。車両の半分はカフェコーナーになっている。店員さんに会釈して、帰りに寄らせていただこうと思う。

プラレールルーム。これも現代美術……
14号車はわかりやすい。片側の窓が塞がれ壁になっているけれども、そこには額装された写真が並んでいる。山岳写真のようだ。登山写真家の作品で、K2という世界第2位の山だという。窓側のソファの配置は12号車と同じで、ここでようやく「ソファはアートの一部ではない」とわかった。アートは壁側である。15号車の壁はショーケースが並び、立体的な花模様がある。それも上下対称になっているから、華道の考え方とは違う気がする。水面に映った花たちを表しているそうだ。現代美術とはこういうものか。だんだんわかってきたような気がする。

14号車は登山写真展、もっとも美術館らしい作りだ

15号車は立体アート。ただ美しさを感じればいい
16号車は14号車と同じ美術館の壁で、5台の液晶モニターが額縁のように並んでいた。映像は古民家のいろり端であった。テレビの旅行番組に挿入されるような映像だ。古民家が芸術的といいたいのか、ソファに座って古民家を眺める行為が現代的な芸術なのか。ここでまた、現代美術がわからなくなってくる。

16号車は映像展示、夜に乗るなら車窓の代わりとしてよさそう
見物が終わり、11号車に戻りつつ、現代美術とは不思議なものだと思う。意味がわからぬと言えば専門家に馬鹿にされそうだし、「素晴らしい」と通ぶれば嘘くさい。現代芸術は鑑賞者が知ったかぶりで楽しむものというわけでもないだろうと思う。正直な感想を述べれば、新幹線の窓を塞いでまで見せるものかと思う。車窓の方がおもしろいのに。そして一番の驚きは、全車両を通じて乗客は私ひとりだった。朝の下り新潟行きはそもそも需要がないのかもしれない。

13号車カフェコーナー

カフェコーナーの壁も絵画があった
13号車で立ち戻り、カフェコーナーでホットコーヒーとケーキを買う。テーブルで食べようと思ったけれど、店員さんとワタシの二人だけという空間は少し居心地が悪い。いつもの私なら、なにか気の利いた会話を心掛けるところだけど、現代美術への思いが喉に詰まる。「現代美術って面白いですね」と言えば嘘を見抜かれそうだし、「この列車に乗りたかったんです」と言えば嘘ではないけれど、12号車の鏡で確認するまでもなく、私は嬉しそうな表情をしていないと思う。
プラレール側に4人いた。この列車は各駅に停まるから、どこかで乗ってきたようだ。3人は客で、一人は名札を下げている。監視員か解説員か。一体どこにいたのだろう。3人はツアー客で、一人は添乗員だろうか。

ケーキは3種類。これは佐渡クリームチーズのレモンケーキ
黄色だらけの指定席に戻り、コーヒーとケーキを食べながら、落ち着かない気分の理由を考える。「とれいゆつばさ」に続く、面白い列車を作ろうという気持ちはわかる。しかし現代美術はニッチすぎないか。現代美術といえば金沢21世紀美術館が有名だから、2年前に金沢に延伸した北陸新幹線で走らせた方がわかりやすい。もっとも、E3系は電力周波数の違いで金沢には行けない。現代美術と言えばもう一つ、十日町市で「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」を開催している。越後湯沢駅からほくほく線に乗り換える。近いから連携しても良いはずだとはいえ、開催は3年に一度だ。

やっぱり車窓の方が楽しい
現美新幹線は、意識の高い若手社員が企画し、声の大きな上司の目にとまり、自由な社風のJR東日本が作った列車だろう。私が居心地の悪さを感じているように、この列車も居場所が見つからない。上越新幹線の末端区間でひっそりと走っていた。
-…つづく
※現美新幹線は2020年に廃車となった。「とれいゆつばさ」より2年遅く登場し、2年早く引退した。
※2階建て新幹線MAXことE4系は2021年に引退した。
第739回の行程地図(地理院地図を加工)

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