原園 綾
(はらぞの・あや)

1967年生まれ。世田谷区立赤堤小卒。ニューヨーク在住。大きくなったら何になろうかな?

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最終回:君の名はマントホエザル~その4

新世界、アメリカ大陸には一夫一妻のマーモセットやタマリンという小型のサルがいる。彼らはオスがかいがいしく、時にはメスよりも積極的に子育てをする。それは、前回触れたように自分の遺伝子を残す戦略にかなっているやり方だ。

一夫一妻をとる種の識別方法として、メスと新生児の体重差が少ないという基準がある。ホエザルはメスも中型犬くらいの大きさなのでそれにはあてはまらないし、一般的にオスの子育てはないとされている。でも過去の研究で、オスの子育てが観察されている例もあるのだ。たまたま一夫一妻の小グループであったり、他のグループの子供を奪った(誘拐)後であったり、かなり特殊な状況ではあるけれど。

サルにはメスが生まれたグループを出て行くパターンとオスが出て行くパターンがあるのだが、マントホエザルは両方がグループを出るのが特徴。グループは血のつながっていない複数のオスとメスと一人立ち前の子供から成り立っていて、血のつながっていないメンバー同士で食べ物や異性をめぐる競争がある。メスが自分の子ではない赤ちゃんや子供へ攻撃的に振舞う頻度が高まる時期は、子供が0~3カ月の頃と、13~21カ月の頃。前者は生存率を下げるためで、後者はさっさとグループの外に追い出すためと研究者は見ている。

観察していると、結構すさまじい世界だ。「あらー、メスが自分の子でもない赤ちゃんに手を伸ばしたりして、お母さんでなくてもやはり子供はかわいいのねー」なーんて思ってると、いきなり赤ちゃんにビンタをくらわしたりしちゃうわけ。おまけに新しいグループに入れてもらうには、ちゃんとヒエラルキーのステップを踏んで交流しないといけません。世渡りの術は誰から学ぶんでしょうね? 

特殊な例ではあったけど、ホエザルのオスが子育てをする潜在力はあるようだし、お母さんから離れるほど他のメンバーと関係を築いてゆくだろうという視点から、私は「子供─オス」の関係に焦点を絞ったのです。あと現実的な問題として、初心者でも簡単に識別できるという理由もあり。子供はサイズで検討がつくし、オスは黒い毛皮に白い玉(!)というコントラストで遠くからでも判り易いのだった。

森の中の観察では3分ごとに、子供が何をしていて、1メートル以内に誰がいるかを記録。今日はこの子と決めたら、行動を共にするのだ。葉っぱが主食でモグモグ食べて、ゆっくり休んで消化するのんびり屋さんと思いきや、いざ移動となると我々の足元なんてお構いなしにどんどん木から木へ移動するので、私達は岩場あり、ツタあり、段差ありを、彼らを見失わないよう上をみながら突っ切らなくてはならないの。しかも、同じグループでも移動中に分かれることもあって、自分の目的(コザル)を見失って、きっとあのサル達と一緒だと思ってついていっても、そこにはいなかったり……。「私の子供そっちいるー?」とか、「僕のお母さんそっちいるー?」などと、観察者同士お互い大声で確認することも。だから私達の食事時間は彼らの食事中か昼寝中。真下にいると、糞の直撃をうけること! それをすかさず試験管に入れるレベッカ先生は、大学のラボでDNAを調べるらしい。

30時間のデータでは確信をもって答えられる結論が出たわけではないけれど、ある行動パターンが見えた。子供になって行動範囲が広がるとオスとの接近も増え、面白いことに子供がひとりでいる時ほどオスの方から近づく。しかも顕著なのは、グループが移動の際、オスが遠回りをしてひとりでいる子供の横を通り、移動に乗り遅れないように促してから移動を開始する。コザルのそばにオスが近づいてきたら、大抵グループ移動が起こると思っていいくらい。オスの、コザルに対する間接的な保護とリーダーシップを垣間見た感じ。

子供が母ザルにするようにオスへまとわりつくような行動は、一度見かけただけ。オスは何をするでもなく、ただ好きにさせているって感じ。父ザルだったのか? ハタマタ近くにいた母ザルにアプローチしたかったのか!?

コザルちゃんの一番の仲良しはまだお母さんで、全行動の約半分の時間(48パーセント)を一緒に過ごしていた。オスが近くにいるのはその10分の1(4.4パーセント)で、時には他の子供や赤ちゃんと遊ぶこともある(3.5パーセント)。ひとりでいる時間もかなり長く(33パーセント)、独立精神旺盛ぶりを物語ってます。きっとその冒険がロコモーション(動き)と食糧獲得の能力向上になって、しかるべき時にグループから出てちゃんと一人立ちできるんだねえ。

まだちっちゃい体で、クリクリお目めで、たくさん葉っぱ食べて、お昼寝して、今日もしっぽをくるりと枝にからませて成長してるのねん。もうあのコザルは独立できたかな? と、彼らのことを想像しようとすると今でも真上を見上げてしまうのだ。

 

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