原園 綾
(はらぞの・あや)

1967年生まれ。世田谷区立赤堤小卒。ニューヨーク在住。大きくなったら何になろうかな?

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第14回:君の名はマントホエザル~その3

「僕、マントホエタロウ。キッキーッッ! 赤ちゃんザルじゃないぜ。あんなお母さんべったりの赤ちゃんと一緒にされちゃあ困るんだよね。れっきとした子供ザルさ! 見てて、アッという間に木のてっぺんまで行っちゃうよ! シュルシュルシュッ……、おっと、こんなことで驚いたらいけないよ。隣の木へも軽々移動できるんだ。枝が近い時は、手足とシッポを前後に伸ばして渡る。具合のいい枝が見あたらない時はジャーンプ! これは子供の方が得意かも。大人になって体が重くなるとあんまりジャンプしないよね。この間なんて離れた木に移ろうとして、大の大人が人間の目の前でドーンと落っこっちゃったんだから。ハーズカシー!! 『サルも木から落ちる』、そのまんまじゃん!」

「人間といえば年末年始に、数人のグループが木の下からこっちをずーっと見続けていたんだ。数週間もだよ。なーにしてんだかわっかんないんだけどねぇ。こっちもジーッと見つめ返したら、ますます喜んで双眼鏡で覗き込んじゃって。付き合いきれないから、放っておくことにしたよ」

「そんなある日、赤ちゃんが落っこちるという大事件が起きたのだ。餌を食べながら移動している最中。赤ん坊はお母さんにいつもしがみついているんだけど、お母さんから離れてちょっと冒険していたらストーン! と地面に落ちちゃったの。僕達子供はそれでも木でブラブラしながら遊び続けてたんだけど、大人達はビビったのか、みんな赤ちゃんが落ちた地面を見つめて動かなくなっちゃって。人間もビックリして、ちょっと離れたところで息を潜めて見守ってたよ」

そうなのです。ホエタロウが言っているように、これは珍しい例。落ちた衝撃で死んじゃったり怪我をすることだってあるし、元気でもお母さんが諦めてどこかに行ってしまったら、その子の命も時間の問題になってしまう。人間がすぐ様子を見に行ったり拾い上げたりするとお母さんが近付けなくなっちゃうから、もしあなたがそんな場面を目撃した時は遠くで見守っててね。赤ちゃんとお母さんが自分たちの力で早く合流できることがベストなんだ。

この「事件」の緊迫感──落ちた赤ちゃんのお母さんはもちろん、他の雌ザル、雄ザルまでジッとしていた──は、赤ちゃんが自力で木を這い上がって、お母さんが赤ちゃんを抱えるまで続いたの。でもね、人間からしてみるとホエザルはみんな心配してるように見えたけど、実際は、ことの次第に注目してるだけの野次馬根性かもしれないんだ。

「自分の子供を守る=自分の遺伝子を残すことができる」という生き物ルールで行動をしていることから見れば、他のメスにとって、他人の子供がいなくなるのは大いに結構(餌の競争も減るし、実際よその子を叩いたりする攻撃もあるぐらい)。ホエザルのオスとメスは多夫多妻の関係なので、オスにとってはどれが自分の子供かわからないから、どの子に対しても大責任はないともいえる。一方、どの子に対しても多少なりとも血がつながっている可能性があるから、自分の遺伝子を持つものを守る責任があるともいえる。

これが一夫一妻の関係なら、基本的にオスは「自分の子だ」と認識できるので、オスが子育てに対して積極的に協力するパターンを持つ種類もいる。実はサルの仲間には断然少ない一夫一妻だけど、人間がそのパターンに仲間入りした大きな理由として、ラブジョイという学者は「ズバリ生殖の違いでしょう」とその名にふさわしい(?)説を掲げている。多くのサルは子供が一人立ちするくらいまで次の妊娠ができないけれど、人間はもっと頻繁に妊娠出産できるからだ。ということは、オスもメスを一人に絞ることにより自分の子供を効率良く繁殖できる。

彼が本来説明しようとしていたのは、「どうして人間が二足歩行になったか」ということだった。オスが両手で餌を集めて持って帰る(ここで二足歩行せざるを得ない)ようになるとたくさんの餌が集まるので、メスは子供を複数同時に育児することが可能になるという。自分の子供だとオスがわかっていればその苦労も報われるというものだし、自分の遺伝子戦略にも叶う。──これはいろんな説の中の一つですが、そう考えると二足歩行と一夫一妻制の関係なんて「鶏が先か、卵が先か」だよね。それを科学的に証明するために、学者さんたちはサルを観察したり、化石を探したり、猿人の足跡を研究したりしてるんだねぇ。

 

→ 第15回:君の名はマントホエザル~その4

  

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