坂本由起子
(さかもと・ゆきこ)

マーケティングの仕事に携わったあと結婚退社。その後数年間の海外生活を経験。地球をゴミだらけにしないためにも、自分にとって価値のあるものを探し出したいと日々願う主婦。東京在住。

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第3回:ダイニングテーブルの色が変わるとき

結婚したばかりの頃、ダイニングテーブルは持っていなかった。夫と一緒に暮らし始めた頃に買った丸い折り畳み式の小さいテーブルがそのままダイニングテーブルになった。それは家の中でキャンプをしているような感じだった。しばらくしてそれがガーデン用のテーブルとベンチに変わった。それにしてもキャンプ場から庭に変わったようなものだった。当時は二人ともまだ若かったし、これくらいの方がなんだか気楽な感じがして気に入っていた。

アメリカで暮らし始めたときもダイニングテーブルはなかった。優先順位からするとベッドが先だった。次は車。一度に家具を揃えるゆとりと時間もなく、いつのまにか後回しになってしまった。 「平気、平気、テーブルがなくてもご飯は食べれるよ。」そう言ってキッチンの床にナプキンを敷き、そこにお皿を並べ、クッションを座布団代わりにした。キャンプというかちょっと気取ったピクニックという感じ。この時のことを思い出すと、懐かしいような恥ずかしいような原点に帰ったような気持ちになる。

しばらくたって生活も落ちついた頃、やっぱりこのままでいいはずがないと、ダイニングテーブルを探しに行くことにした。 シンプルなパイン材のテーブルをイメージしていた。すぐに見つかると思っていたのになかなか希望通りのテーブルに出会えない。1週間経っても決まらなかった。当時、車は1台しかなく、言葉もよくわからない私は、毎日夫の仕事が終わってから一緒に探し回った。駅前になんでもある日本と違い、すべてにこんな調子で時間と移動距離がかかってしまうのがアメリカの生活なのだ。と理解するには少し時間がかかった。東京で育った私には何もかも信じられないほどスローテンポに思えた。そして一人では何もできない自分に苛立った。

ああ、もう妥協して何でもいいから買ってしまおうかと一瞬心が揺らいだ。そんなとき、たまたま通りかかった輸入雑貨屋でようやくイメージ通りのテーブルを見つけた。シンプルなそのテーブルはイタリア製で、天板は程良い厚みがあって木肌はまだ白い。これが我が家の物になると思うと嬉しかった。テーブルに合わせて買った椅子も最初は二人分。必要な分だけ後で買い足すことにして、急いでアパートメントに戻り、テーブルと椅子をダイニングに置いてみる。何にもなかった空間がとたんに部屋らしくなった。まだ新しい木の匂いがかすかに部屋に漂っている。あの時妥協して買わなくて良かった…。

しばらくして家に人が集まるようになり、椅子を4人分買い足した。最初の2脚と同じ物はもう売っていなかったけれど、6人分の椅子はテーブルに上手く収まってくれた。これも木の家具だから馴染んでくれたのかもしれない。

あれから5年経った。このテーブルには色の変化と同じだけ時間が流れている。そして他の人には見えないが、私には見える風景というのがある。例えば一緒に食事した人たちのこと。コンピュータを乗せて仕事をしていたときこと。絵を描いたり手紙を書いたり、本を読んだり。そういえばハロウィーンの時はここでかぼちゃを彫ったこともある。 その白い木肌のテーブルは今、だんだんやわらかな飴色に変わってきている。10年後にはどんな色になっているのだろう。そうやってゆっくりと変化が楽しめるのが木の家具の魅力なのだと思う。

最初に買った丸い折り畳み式の小さいテーブルもまだ現役で、電話台として活躍してくれている。ニスもだいぶはがれてきた。そろそろお化粧直しをしてあげなくては。 そんな我が家のテーブルたちとは、まだまだ長いつきあいになりそうだ。そしてこれからもたくさんの風景を私に残してくれるはずである。

 

→ 第4回:春の小さな買い物


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