第885回:抜きん出た女性たち その4
エレクタ・ジョンソン(Electa Johnson;1909-2004)
私がこのコラムで取り上げる人はずば抜けた業績を残した人であるのは当然ですが、同時に優れた記録、自伝、記事を残してくれた人に、どうしても目が入ってしまいます。
イザベラ・バード、バーバラ・ウォッシュバーンは自ら面白い、傑作な本を書いていますから、彼女らを語るのは、それらの本の魅力をかいつまんで私の感想を並べているだけで、元本、種本があるので要点を掴みやすいのですが、今回取り上げるエレクタ・ジョンソンは、旦那さんのアーヴィンと一緒に航海記こそ書いていますが、それらの本以上に、実際に彼らが行ったセーリング自体が大きな意味を持っています。加えて、セーリングと航海法、一隻のヨットを動かすのに、全員のチームワークの大切さを教える、初めての世界就航ヨットスクールを始めたことの意義が大きいでしょう。
実際、エレクタ("Exy"エキシーという愛称で知られています)は、ヨット・セーリングスクールで7回も地球を回っています。エキシーは語学のセンス、才能があり、フランス語、ドイツ語に堪能で、他にも世界中の港に立ち寄ると即座にその国、その地方の言葉を覚え、使いこなしたと言いますから、やはりと特別な耳、そしてそれを口につなげる感覚に秀でていたのでしょう。
彼女は生まれこそニューヨークのロチェスターですが、カリフォルニア大学バークレーで学んでいます。そして初めての仕事が大型の帆船、スクーナーでフランスを回る一種の帆船ツアーで、通訳とフランス語の先生を兼ねた仕事に就いています。エクシーは外国語だけで十分食べていけたと思いますが、それより彼女をとらえたのはセーリングの魅力でした。
スクーナーに乗り込んでいたアーヴィン・ジョンソンと出会い、結婚したのは、彼女が23歳の時でした。それから、彼らは若者にセーリングを教えよう、自然と海の素晴らしさを知ってもらおうと世界一周し、“サーカムナビゲーション”をしながら、セーリングや気象、航海術、帆船の扱い方だけでなく、全く異なる文化、言語を持つ多くの国々訪れています。
世界一周セーリングには通常18ヵ月かけ、120もの港に寄港しています。
今でこそ、何千、何万というヨットが世界一周していますが、彼らは記録を打ち立てるとか、自分を満足させるためではなく、純粋に若者を育てようという目的のために就航したのは初めてのことではないかしら。エクシーとアーヴィンは第二次世界大戦以前に3回、以降に4回世界を回っています。第二次大戦中はお休みしていましたが…。
ここで、船、ヨットの話になってしまいます。最初の船は92フィートの木造のスクーナーでした。スクーナーというのは二本以上のマストがあり、後ろのマストの方が前のマストより高く、追い風、あるいは横からの風には安定した良いスピードで走らせることができるセールプランを持った船です。ヨットは“ヤンキー”と名付けました。
その後、彼らは96フィートの鉄船、ブリガンディーに取り替えています。ブリガンディーというのは古い帆船タイプと言っていいでしょうか、四角い横帆とセールの上方にも長いブームが付いた縦帆を組み合わせた船で、セールを揚げるにも縮帆するにも大人数のクルー(乗組員)が必要です。若者たちを一人前のセーラー、海の男、女に育てるにはもってこいの帆船だといえます。
彼らは外洋を渡るだけではなく、フランスの運河を、ナイル河を遡行したり、ギリシャ神話の舞台になった地中海の島々を探索したり、彼らが訪れなかったところは、南極大陸と北極だけではないかしら。
また、アスワンダム建設以前にナイル河を遡った最後の外国人だと言われています。私たちはナイル河を航行したことはありませんが、ダムの下流ナイル河は地元の人たちの船、大きな三角帆一枚のダウと呼ばれている貨物帆船、漁船、生活船がそれこそ無数に行き来しているところです。そんなところを縫うように航海するのは、若者にとって大海原を渡るのと違った意味で興味深々だったことでしょう。
そんな人生を送りながら、エクシーは2人の子供を産み、育てています。もちろん船の上で…。
エキシーは66歳の時、1975年に、長大なセーリングスクール航海を止めています。ですが、エクシーとアーヴィンのセーリングスクールは様々な形で引き継がれています。
やはり、ここで参考というより、インスピレーションを受けた元本、彼らの航海記に敬意を表しておくべきでしょう。とても私たちにはできなかったことを、情熱を傾け、しかも楽しみながら行った素晴らしい人がいたことを知っただけでも良かったと信じています。
『Westward Bound in the Schooner Yankee』
(彼らの最初の世界一周航海記)
『Yankee Sails Across Europe』
(バルチック海から運河を通っての地中海に抜け、ギリシャ神話の源を尋ねる航海記)
『Yankee Sails the Nile』
(アスワンダム建設以前の貴重なナイル河遡行航海記)
追記:
エキシーとアーヴィンが自分でやりたかった世界一周セーリングスクールを、お金を取って生徒を集め、いわばダシにして自分の願望を叶えただけだと非難する声もあります。
彼らは、生徒さん、乗組員から一人当たり4,860ドルを徴収していたことは事実ですが、1年半もの航海期間中の食費、120もの寄港費用、めっぽうお金のかかるヨットの維持費、それにランニングコストを加えると、とても、とてもペイするとは思えません。
どうにもやりきれない思いがするのですが、陸にいて、経済、お金の損得勘定ばかり計算している人の頭では、エキシーとアーヴィンの情熱が理解できないのでしょう。少しでもヨット、海に関わった人なら彼らの偉大さが分かるのですが…。

Exy Johnson (Yankee)
-…つづく
バックナンバー
|