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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第29回:“ヒッピーマーケット”~イビサ・テキヤ事情

更新日2018/07/19

 

イビサに集まるゲージツ家は玉石混合だ。もちろん、石ころの方が圧倒的に多いのはどこの芸術大学、美術学校と変わらない。イビサでテキヤや小さなアートギャラリーをやっていた御仁がパリ、ニューヨークで名を成したうわさを耳にしないことがないでもないが、生活しやすいイビサ、夏の4ヶ月間、街頭でゲージュツ作品を売れば、一年楽に暮らせるだけ稼げる安穏さは捨てがたいのだろう。自然、イビサのゲージュツカならんとしているテキヤは在住何十年に及ぶ中年集団になる。

イビサには似顔絵描きがたくさんいる。夕方になると、自分の作品、有名人の写真から写した似顔絵を何枚も飾り、座り心地の良さそうな椅子、これはお客さん用、そしてイカメシイ、イーゼル三脚を立て、お客モデルを待つのだ。

似顔絵には二つの流派があり、写実に徹した派とカリカチュア派で、それぞれ白黒のモノトーンは幾ら、カラーは幾らと異なる値段を書いた張り紙を出している。自分の肖像を描いてもらいたい人がそんなにいるのか? と言うのは、自己顕示欲を理解していない人の言うことで、似顔絵描きはあきれるくらいの人気で、順番待ち、時間指定のアポイントメントを取らなければ、描いてもらえないくらいだ。よって、似顔絵描きは盛大に稼ぎまくっているのだ。

中でも、売れっ子のアルゼンチン人、ディエゴは一晩に12枚から20枚も描きまくり、稼いだお金で50フィート以上はあろうかというヨットを自作していた。
「タケシ、コツは20%くらい美女、美男に、そして4、5歳若く描くことだ。似顔絵なんてデッサンのデの字にもならないくらい簡単に誰でもすぐに描けるよ。いつでも教えてやるゾ、2、3のコツさえつかめば、オマエ~、明日からでもイビサで店開きできるぜ」とディエゴは言うのだ。

彼は自分が描くのは土産物の類で、ゲージュツ的価値などまったく認めていない図太さがあった。「これで食うにはスピードだけが勝負だな…」とも言っていた。

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小さな絵画のお土産物など小物が売れ筋

イビサにはミケランジェロもいた。こちらのミケランジェロは、巨大な大理石の彫刻や礼拝堂の天井画などとは打って変わった小さな作品ばかりだった。流木を集め、その自然な形に合わせたイビサの風景画、典型的な農家、教会などを地味な色合いで描くのだ。

彼の流木ゲージュツ作品はイビサの土産物屋、ホテルのロビーなどに置かれ、他に真似をする競争相手がいないこともあり、彼とゲイの愛人の生活を支えるに十分以上の収益を上げていた。

ドイツ人女性のウタ叔母さんは、幼児画、素朴画というのだろうか、ルソーが描くところの子供の絵のようなのを小さな板に油彩で描き、売っていた。油絵はいかに売り物でも量産できないので、原画だけを売っていた時には趣味的なショーバイだと思っていたところ、絵葉書にして売り出してからは、グンと懐が豊かになったのだろう、『カサ・デ・バンブー』で中級クラスのワインを注文し、ゆったりと食事もするようになったのだった。

イビサで何と言っても人気一番なのは、イビサの農家、教会のミニチュアで、石膏に色付けをしただけでとてもゲージュツとは呼べない土産物だ。これはサイズも様々で、壁に掛けるレリーフにしたものも現れ、造る方も女形に石膏を流し込む量産体制を敷き、型を鋳抜く係、色付けする係と広めの台所のようなアトリエで粉まみれになって働いているのだ。

このミニチュア土産は、一体誰が始めたのか分からないくらい製造元が多く、互いに競争し合っていた。元々そんな土産物にパテントなぞあるはずもなく、レリーフが売れ筋だとなると、一週間も経ずに、レリーフがドッと溢れるのだった。

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イビサの農家のミニチュア(これは完成度がかなり高い高級品)

このようなテキヤ商売はイビサの観光資源の一つで、市役所が公認し、夜間、旧市街の狭い道の両サイドに肩肘をすり合わせるようにテキヤがビッシリと店を広げていた。イビサではもちろんテキヤなどと言わず、“ヒッピーマーケット”と呼んでいた。後年、あまりに場所取り合戦が激しくなり、市が路面に区分けした白線を引き、場所を抽選で振り分けるようになった。

イビサのテキヤはとても儲かるのだ。

例えば、アメリカ人のトムは、兵役拒否でヨーロッパに流れてきたヒッピーで、他のテキヤ連中のように金儲けのためにテキヤをやっているわけではなかった。彼の商品はワイヤーで名前をクネクネと曲げて造り、ブローチと首飾りにするというものだが、黒いキレを張った30センチ四方の板を自転車のサドルに縛りつけ、たった一つの名前、Mariaと曲げた針金で書いているだけなのだ。後で彼の恋人の名前がマリアだと知った。

せめて、10数個の作品、名前を並べ、スペイン語で“あなたの名前のペンダント、ブローチを作ります”とか掲示しておけば良さそうなものだが、そんなこともしないで、ただ、テーブルとも呼べない板の後ろで英語の本や雑誌を読みながら突っ立っているだけなのだ。そんなトムでも1年目の終わりには、旧市街、城壁の内側にアパートを買うに充分なほど稼いでいるのだ。

もう一人のアメリカ人は、サルが進化して人間になったとすれば、人間になりきれず取り残されたサルのようなご面相の持ち主、ワーレンだ。もしワーレンが中学か高校の教壇に立つなら、生徒は間違いなく”エテ公“とあだ名を付けるに違いない。私がイビサに住み着いた時、ワーレンはすでにイビサの古株で、五十路の坂を遠の昔に越した白髪ザルだった。

よくぞこんなガラクタを買う人がいるもんだと呆れるくらい、幅4、5メートル、奥行き2メートルほどある大きなテーブルに並べていた。店開き、店仕舞いはさぞかし大変な仕事になると思わせた。ところが良くしたもので、旧市街の奥まった中心に、テキヤのテーブルと商品を預かるという目端を利かせたテキヤ専用の一時預かり所を始めたお婆さんが現れ、お婆さんの懐は潤い、テキヤ連中に重宝がられた。彼女のおかげで何十人というテキヤが重く大きな荷物を運ばなくて済むようになったのだ。

イビサに住み着いた人たちの前歴談は至って当てにはならない。ホラ半分ならまだいい方で、全くの創作ではないかと首を傾げたくなる過去を語る者が多い。中には、イビサならでは出会うことができる高名な人物もいるにはいるのだが…。

ワーレンは元ハリウッドのデザイナーだったと言うのだ。そして、有名な監督、俳優の名前、映画名を挙げ、その映画の服飾デザインを一手に引き受け、ニューヨークは5番街に事務所と住居を構えていたと言うのだ。どうもロスのハリウッドとニューヨーク5番街では遠すぎるような気もするし、第一、彼が売っているテキヤ商品は中国人の卸し屋から仕入れたような、およそファションセンスのないガラクタばかりなのだ。

一度、ヴァラ・デ・レイ通りにある、溜まり場的カフェテリア『モンテソル(Monte Sol)』の路上のテーブルに、ワーレンがハリウッド女優のゴールディ・ホーン(Goldie Hawn;彼女はイビサに別荘を持っていた)と何人かと一緒にいるのを目撃した。

同じホモセクシャル仲間だし、情報通のギュンターにワーレンの過去を訊いたところ、「確かなことは知らないが、なんらかの形でハリウッドの映画プロダクションに関わっていたらしいよ」と言うことだった。ワーレンのハリウッド談義は全くのウソでもないらしかった。

-…つづく

 

 

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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第2回:ヴィッキー 1 “ヴィーナスの誕生”
第3回:ヴィッキー 2 “カフェの常連とツケ”
第4回:ヴィッキー 3 “悪い友達グループ”
第5回:ヴィッキー 4 “カフェテリアができるまで”
第6回:ヴィッキー 5 “誕生日パーティー”
第7回:ヴィッキー 6 “コルネリア”
第8回:ヴィッキー 7 “増えすぎた居候”
第9回:ヴィッキー 8 “変わり果てた姿”
第10回:ヴィッキー 9 “コルネリアからの絵葉書”
第11回:カサ・デ・バンブー ~グランド・オープニング 1
第12回:カサ・デ・バンブー ~グランド・オープニング 2
第13回:グラン・イナグラシオン(開店祝いパーティー)
第14回:ギュンター 1 “上階のドイツ人演劇監督”
第15回:ギュンター 2 “ホモセクシュアル御用達のバー”
第16回:ギュンター 3 “VIP招待しての昼食会”
第17回:ギュンター 4 “引退とイビサ永住の相談”
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第23回:ヒターノは踊る その1
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