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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第21回: オスカー VS クルツさん、“過去は水に流すな”

更新日2018/05/24

 

『カサ・デ・バンブー』の開店パーティーにオスカーを呼ばなかったと思う。オスカーはでっぷりと太ったユダヤ人で、巨大と呼んで差し使えないほどの典型的で巨大なユダヤ鼻が顔の中央を占め、太く濃い眉、よく動く黒い目、それに張り出した大きな耳と、ともかくすべての造りが大きい、よく言えば印象的な顔の持ち主だ。ただ、唇だけは薄く引き締まっていた。
 
軽くウェーブした灰色の髪が肩にかかるほど伸ばし放題にしていた。ラフで緩い半袖カッターシャツに、これもいつも同じベージュ系のダブダブズボンを履いていた。左手首の上に乱雑な数字、恐らく8から10桁くらいだったろうか、の刺青があり、なんでもダッハウ(Dachau)だかオシフィエンチム(Oswiecim)だかのアウシュビッツ強制収容所に収容されていたという話だった。

オスカーは『カサ・デ・バンブー』に何度か大汗をかきながらビールを飲みにやってきた。ナマリの強い英語で挨拶、世間話程度の会話をしたのだと思う。シーズン終わりに近い10月初め頃、ヒョコッと現れ、この店、『カサ・デ・バンブー』を売らないか、こんなカフェテリアを開きたがっている買い手がいるから、良い条件で決めてやる…と持ち掛けてきたのだ。

オスカーが、主にドイツ人相手の不動産の仲介業をやっているのは耳にしていた。そこここのレストラン、カフェテリア、バーやブティックに顔を出し、こまめに情報を集め、それを元に主にドイツ人のバイヤーに紹介し、何がしかの口利き料をせしめるのが彼のシゴトだった。 『カサ・デ・バンブー』も彼のアンテナに引っ掛かったのだ。

イビサにはレッキとした不動産屋が何軒もある。別荘やヴァカンス向けのアパート、イビサでフィンカ(Finca)と呼んでいる古い農家などをリストアップし、目抜き通りのヴァラ・デ・レイ(Vara de Rey)の不動産屋のショーウィンドーにカラー写真入りの宣伝ポスターが貼ってある。また、地元紙“デアリオ・デ・イビサ(Diario de Ibiza)”にも大きな紙面を割き、不動産の宣伝が載っている。だから、イビサでヴァケーションを過ごすための家やアパート、コンドミニアムを買うとか借りたい人は、新聞や不動産屋に頼ればよい。他にもドイツやイギリスの現地の新聞にも、地中海の国々の不動産の宣伝が多数出ている。 

イビサでレストラン、カフェテリア、バー、ディスコ、ブティックなどを開きたい、何らかのショーバイをしたい人は、新聞や不動産屋に当たるのが常道だ。スペイン本土や外国から来た人にとって、すでにそのような商売をしている場所をそのまま買い取るのが一番簡単な遣り方だ。私が新しくこのカフェテリアを開く時のように、役所相手に踏んだ、散々なお百度を繰り返さなくて済むからだ。

日本で言う“居抜き”に、ショーバイ上必要な許可証がすべて付いてくる。スペインでは“トラスパソ(Traspaso;物件譲渡)”と呼び、土地、建物を買うのではなく、地上権を99年リースするケースが多い。最初にトラスパソをしてから、経った年数が差し引かれるから、物件を譲渡した時にあと何年の使用権が残っているかが、次にトラスパソする時の価格に多少影響する。

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午後のイビサ旧市街の通り。バーやブティックが軒を連ねる。
夜は混雑で歩くのも大変になる。

また、スペイン全土で海岸線から30メートルの地所は、外国人が所有できないという法律が当時まだ残っていた。それをトラスパソなら、海岸線、取り分け港の第一フロントの地上権、使用権だけを得ることが可能なのだ。イビサで最も賑わう港通り界隈のショーバイは外国人独占の感で、イビセンコが経営しているバー、レストラン、カフェテリアを探すのが難しいほどだった。

地元のショーバイでどこそこの店は、経営が少し傾いているからとか、オーナーが歳をくっていて来年から年金を貰えるはずだから手放すだろうというような情報は、不動産屋は掴んでいないし、新聞広告にも載らない。そこにオスカーのような地元の情報通が間に入る余地が生まれるのだ。

地元のイビサ人、カタルーニャ人、スペイン人の自称情報通が、“よしよし、俺に任せておけ。 理想的な店、場所を探してやる。または良い値で買い手を見つけてやる”という御仁がマジョール通り(Calle Major)のバール・マリアーノ(Bar Mariano)かヴァラ・デ・レイのカフェテリア・モンテソル(Cafeteria Montesol)にたむろし、網を張り、カモと呼ぶべきか、顧客を待ち受けている。

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イビサ旧市街の中心となる Vara de Rey

ドイツ人は自国の人間に頼るし、イギリス人、フランス人も自国の仲介業者を頼るのは、傍らで見ていて滑稽なほどだ。相当スペイン語ができるそれらの国の人でも、イビセンコやスペイン人と直接取引しない傾向が強い。自国の人間とツルミたがるのは日本人だけのことではない。

オスカーがオシフィエンチム(アウシュヴィッツ)だかの刺青番号を入れた太った腕を見せ『カサ・デ・バンブー』に来る2、3年前、私は当時共産圏だった東ヨーロッパを回っていた。その旅でポーランドを2ヵ月ほどの時間をかけ、北海に面したダンヒッチ(グダニスク)からワルシャワを経て、南の古都クラコービア、そして山村のザコパナでスキーを楽しみ、アウシュヴィッツのあるカトヴィッチも訪れていた。アラン・レネ監督の映画『夜と霧』は日本で観ていた。アウシュヴィッツはその当時、収容所の敷地全体にバラックが立ち並び、2、3の建物とガスチェンバーを博物館として公開していた。

私はただ好奇心にかられてショパン、ミツケヴィッチの次はアウシュヴィッツを回る、社会意識の低い、浅い好奇心を満足させる貧乏バックパッカーに過ぎなかった。それでも、アウシュヴィッツは私に大きく暗いインパクトを与えた。そこに収容されていた元囚人のガイドが、スザマシイ英語とドイツ語、ポーランド語で案内してくれた。

共産圏の壁が一挙に崩れ落ちた後、数年経ってからアウシュヴィッツを再訪した。そこは、まるで別の観光地になっていた。例の“自由のために労働せよ”というゲイトと、2、3のバラック収容所とガス室は残っていたが、広大な敷地は綺麗に整地され、アメリカ中西部の牧草畑のようになっていた。 

オスカーの刺青を見た時、アウシュヴィッツのイメージが蘇えり、実際に地獄を体験した人間が目の前にいることに驚嘆を通り越し、戦慄さえ覚えたのを記憶している。その後、親しく挨拶以上の会話を交わすようになってから、彼自身の口からアウシュヴィッツの体験談を聞きたいという欲求が沸き起こったが、それは許されないことだった。

一度だけ、オスカーとクルツさんが『カサ・デ・バンブー』で鉢合わせをしたことがあった。空気が凍り付くとはあのことだろう、クルツさんのニコヤカナ表情はスーッと血が引くように引き締まり、青く澄んだ目は冷たくオスカーを射抜くように冷酷な眼差しになった。オスカーは一瞬、顎をグイッと引き締め、大きく息を吸い込み、それをゆっくりと吐き出した。

二人が目を合わせていた時間は2、3秒くらいのものだろう。カウンターに陣取っていたオスカーの方が先に、「ラ・クエンタ!(La cuenta;勘定)」と、私に絞り出すような声で言い、投げ出すようにビール代を払い、店を出て行ったのだ。オスカーは太った体を揺すりながら『カサ・デ・バンブー』からの長い登り階段を上がって行った。

二人が直接、クルツさんがオスカーを逮捕し、収容所に送り込んだというような関係ではなかっただろう。しかし、どの程度の地位にいたかは分からないが、クルツさんはSS隊員であり、戦犯の裁判を逃れイビサに逃げてきているくらいだから、それ相当の経歴を持っていたことは疑いないし、オスカーが強制収容所で地獄を体験したことは間違いない。

二人が個人的な怨讐を抱いていたわけではないと思う。しかし、戦後20年以上経ったその時でも容易に忘れることができない宿怨が横たわっていたのだろう。 

ただ単に人種間の軋轢だけでなく、自分の過去に深く関わった積み重なる怨(うら)みがあったことは想像できる。とりわけ、オスカーの煮えたぎる憎しみの感情の波は分かるのだが、なぜクルツさんがオスカーを射抜くような目で見たのだろうか。そこには、“過去のことは水に流して、現在、将来を伴に歩もう”という甘っちょろい感情は微塵もないのだ。

オスカーはどんな気持ちで直射日光の当たる焼けるような暑さの中、階段を登って行ったのだろう。

その事件以来、いつも笑顔を絶やさないクルツさんの青く済んだ目が、時折冷たい光を放つのを見たように思う。

-…つづく

 

 

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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第3回:ヴィッキー 2 “カフェの常連とツケ”
第4回:ヴィッキー 3 “悪い友達グループ”
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