野添千納
(のぞい・ちの)

パソコン通信黎明期よりパソコンをコミュニケーションの手段として使い続けるコンピューター&コミュニケーション・ジャーナリスト。33歳。

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第4回:会社でも業界団体でもない組織

インターネットブームの大波がちょうど押し寄せてきたばかりの'95~96年頃、「Component 100」というめちゃくちゃ先進的な集団に出会った。

企業ではなく、いわゆる業界団体というやつに似ているが、やはりそれともちょっと違った存在だった。メンバーを結びつけていたのはアップル社が開発した「OpenDoc」というソフトウェア基盤技術、そしてキム・クーパー氏という頭の切れるブレイン(同会会長)だった。

Component 100のメンバーにはバックに強力な投資家を揃えた中規模の会社もいたが、ほとんどのメンバーは個人プログラマーや社員1~2人の零細企業だった。地図情報を管理するノウハウだけは誰にも負けないと豪語する者もいれば、7カ国語の辞書やスペルチェッカーを資産にしている者もいた。グラフ作成ソフトを開発しているライバル会社同士も参加していた。

パソコンソフト市場では、いい製品を持っていてもなかなか成功できない。製品の質以上にマーケティングやパブリシティー(マスメディアへの露出)、流通力、そして製品サポート体制が整っていないと成功はむずかしいのだ。中規模、あるいは大規模な会社であればともかく、Component 100のほとんどのメンバーが所属している零細企業にとっては、広報マンを雇うことも、流通会社と交渉をすることも、製品サポート体制を整えることも夢のまた夢だ。

そこで、彼らはとんでもないことを始める。 まずワープロソフトを作っている会社とグラフソフトを作っている会社、グラフィック系ソフトを作っている会社らが協力し、それぞれの会社のソフトを1つのセットにまとめたオフィス・スイート製品(当時はこの類の戦争が加熱していた)としてマーケティングを始めたのである。 さらに、同団体の製品をまとめてPRする広報スタッフも参加した。取材でしっかしと聞くのは忘れていたが、おそらくメンバーで広報にかかる費用は折半していたのだと思う。

続いて彼らはインターネット経由でソフトウェアの売買を行うシステムを持つ会社を仲間に引き入れた。ユーザーが、この会社の無料のソフトを入れておけば、「お客様が○○のデーターを表示したければ、弊社のサイトで販売している○×または×○というソフトをご購入下さい」と表示され「Yes」をクリックすればWebブラウザーにComponent 100メンバーの製品の購入画面が表示される。そして、同団体に参加していた中規模企業が従来の流通会社と交渉して、Component 100の製品を流通契約を取り付けていた。

さらに彼らは世界各地の大手サービス会社にComponent 100メンバーの全製品の製品サポートをアウトソースする手はずも整えようとしていた(じつは日本で製品サポートを請け負う会社も内定していたようだ)。

たしかに業界団体でも団体を代表する広報を設けたりすることはあるが、Component 100のそれは、いわゆる業界団体のそれとは少し違っていた(もっと製品の販売とか、そうしたレベルに近い位置にいて、本当に各社専任の広報のようだった)。 今のIT業界を見渡しても零細企業同士が、これだけうまく力をあわせている例はなかなか見あたらない気がする。

Component 100のメンバーが、これだけ密に協力しあえたのは、彼らがOpenDocという素晴らしい基盤を共有していたこともあるかも知れない(この技術は単機能のコンポーネントソフト同士を自由に組み合わせて作業できるパソコン作業環境で、1社が何から何までつくる「アプリケーション」という今日のソフトウェア形態へのアンチテーゼでもあった)。こうしたしくみを作り、さらに広報会社や流通会社、サポート会社と実際に交渉役を務めていたのは、元ノベル社の社員として成功して業界でも顔が広かったキム・クーパー会長だった。

その後、同会はアップル社がOpenDoc技術から手を引いたことによって崩壊してしまう。しかし、同会のような組織形態は何もOpenDocがなくても十分成立するように思える。今のようにインターネットが普及しているならなおさらだ。

今日、世界中の多くのプログラマーがシェアウェア/フリーウェアという形で素晴らしいソフトウェア製品を提供しているが、こうした作者同士がお互いComponent 100のように手を組めば、何か素晴らしいものができるのではと期待してしまうのは筆者だけだろうか。

 

→ 第5回:「ユーザビリティー」よりも、「お客様は神様です」


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