サラセンとキリスト教徒軍騎士たちが入り乱れ
絶世の美女、麗しのアンジェリーカを巡って繰り広げる
イタリアルネサンス文学を代表する大冒険ロマンを
ギュスターヴ・ドレの絵と共に楽しむ
谷口 江里也 文
ルドヴィコ・アリオスト 原作
ギュスターヴ・ドレ 絵
第 5 歌 邪悪な公爵
第 2 話: 陰謀の顛末
前回は、邪悪な公爵ポリネッソが、王の座を奪い取るためにギネヴィア姫と結婚すべくプレゼント作戦を展開したものの、肝心の姫がイタリアから来た騎士アリオダンテに心奪われていることを知り、さらに邪悪な作戦を思いつき、姫の侍女ダリンダを手篭めにして、姫の留守に姫の部屋に入り込んで偽りの情を交わすことに成功したポリネッソが、邪魔なアリオダンテを片付けるべく、土曜の夜に姫の部屋の下の路地で見ているがいい、姫の心がお前にではなく私にあることがわかるだろうと告げたところまでお話ししたのでした。
さて、いまだ姫とはキスさえしたことはなかったとはいえ、アリオダンテは姫を心の底から愛しく思い、ギネヴィア姫もまたその思いをすでに打ち明け、二人は婚礼を挙げて晴れて夫婦になる日を心待ちにしていたのでしたが、ポリネッソ公爵から、そのようなことを言われたアリオダンテは、そんなことがあるはずが無いとは思いつつも、弟をともなって言われた時刻に、ギネヴィア姫のテラスが遠目に見える路地で事の真偽を見守った。

するとなんということか、夜更けにテラスに現れたギネヴィア姫が縄梯子を降ろしそれを伝ってポリネッソ公爵がテラスから部屋に入り、そしてやがて部屋の明かりが消えた。
実は、ギネヴィア姫と見えたのは、公爵に言い含められて姫の衣装をまとった侍女ダリンダだったのだが、そんなこととはつゆ知らず、想い姫と公爵との密会を目撃したと思い込んだアリオダンテは、絶望のあまり気が狂ったようになり、その場で自らの剣ですでに破れた胸を刺して死のうとしたが、かろうじてそれを弟が制止した。
しかしアリオダンテは翌朝、行先を誰にも告げずに城下を出て姿を消した。
それから一週間ほど経った時、アリオダンテの消息が一人の旅人によってもたらされたが、旅人によれば一人の騎士が冷たい海に突き出た岬の切り立った高い崖の上から身を投げたという。それを聞いた弟のルルカニオが、兄を死に追いやった憎っくきギネヴィア姫の不義を王に訴え出たのだった。未婚の乙女の不義を騎士が訴えた場合は、もし一定の期限のうちに、その騎士と戦い神の加護を得て勝つことで無実を証明できなければ死罪。

こうしてギネヴィア姫と邪魔者を二人とも陥とし入れたポリネッソ公爵は、今度は秘密を知る侍女のダリンダを消し去るべく、ダリンダにしばらく姿を隠すように命じると、二人の従者、実は暗殺者と共に街を去らせたのだった。
第4歌の第4話で剛勇リナルドが聞いた悲鳴は、こうして今まさに殺されそうになった時にダリンダがあげた悲鳴だった。乙女が窮地にあるとなればそれを救うのが騎士の務め、悲鳴を聞いたリナルドは、もちろんすぐに駆けつけて乙女の命を救ったのだった。
ダリンダから邪悪な公爵ポリネッソの陰謀の一部始終を聞いたリナルド、すぐに愛馬バイアルドに飛び乗り、一目散に城を目指した。城下にはすでに大勢の人々が集まってきており、聞けばあと一日、姫の無実を命を賭して証明しようとする騎士が現れなければ姫が断罪されるというその日に、面付き兜で顔を隠した謎の騎士が、不義を訴えた騎士と決闘をするために現れ、今まさに決闘が始まったところだと言う。

それを聞いたリナルドは罪なき者の血が流されぬことを願い、群衆を掻き分けて決闘場へと走った。決闘場ではルルカニオと顔を隠した謎の騎士が凄まじい勢いで剣を交わしていた。リナルドは決闘を見守る王を見上げ、この勝負、拙者の話を聞き終わるまでしばし中止としていただきたい。話を聞けば姫には罪はなく、本当の悪者が誰かが判明するであろうと叫んだ。

リナルドの話を聞くうち、それまで素知らぬ顔をして臨席していたポリネッソの顔が次第に青ざめ、同時に王の顔に笑顔が戻り始めた。リナルドが話し終わったとき、陰謀のすべてが明らかになり、また姫の不義の相手に関しては固く口を閉ざしていたルルカニオも、それがポリネッソであることを告げた。
悪事の張本人に最後の機会を与えるべくリナルドが、ポリネッソとの決闘を申し入れ、たった一撃でリナルドの槍が相手の胸を盾ごと貫き、誰が悪者かを証明した。騎士道における決闘では、必ず正義のある方に神が味方をするとされているからである。

こうしてギネヴィア姫は断罪されることなく、涙を流して喜ぶ王の胸に抱かれた。ところで、命を賭して決闘を志願した、顔を隠した謎の騎士とは何者なのか?
それに関しては第六歌にて。
-…つづく