サラセンとキリスト教徒軍騎士たちが入り乱れ
絶世の美女、麗しのアンジェリーカを巡って繰り広げる
イタリアルネサンス文学を代表する大冒険ロマンを
ギュスターヴ・ドレの絵と共に楽しむ
谷口 江里也 文
ルドヴィコ・アリオスト 原作
ギュスターヴ・ドレ 絵
第 6 歌 不思議な冒険
第 3 話: この世の天国
さて、怪物たちは奇怪な姿をしているわりには弱いと見て取ったルッジェロが、森の小国向かって進むと、たちまち数え切れないほどの怪物が次から次へと現れて行く手を塞いだ。
怪物たちはしかしどれも、姿形は奇妙で口煩いけれども、どう見ても強そうではなく、何もかもがこけ脅しのようにも見えた。こんな連中などバッタバッタと切り倒して前に進もうかとも思ったけれど、それにしても数が多い。この先どれ程の数の怪物が潜んでいるのかもわからない。
なんだかうんざりしたルッジェロが、このまま進もうかどうしようかと思いあぐねて、もう一つの道、向こうに綺麗なお城が見える道の方を見ると、二人の美しい女性が踊りを舞うように軽やかに近づいてくるのが見えた。近づけば、透き通った衣装をまとったその白い体の美しさは眩いばかり。
いつの間にか怪物たちの姿も消えて、さあどうぞ遍歴の騎士さま、私どもの館で疲れた体をお休めになってくださいませ、とまるで琴の音のような声で、二人の美女が代わるがわる歌うようにしてルッジェロを誘う。
しなやかな二人の手が指し示す先には、それまで見たこともないような美しい城から、まるで朝日のような光が溢れ、門までの道が光り、その光の上を女神のような二人が進み、時折振り返って、とろけるような笑みをたたえてルッジェロを手招きする。
ついさっき、木に変えられたアストルフォから注意されたばかりなのに、そんなことなどすっかり忘れたルッジェロ、騎士も男とはいうものの、誘われるままに、素肌に薄衣をまとった二人の女神の後を夢見心地でついていった。意匠を凝らした大理石の門をくぐれば、そこはまるで天国だった。
城の中は白い大理石と金と水晶がふんだんに使われた見事なしつらえだったが、それより美しかったのは城の中庭。何人もの着飾った男女が木陰で愛を囁き、あるいは楽士が奏でる妙なる調べに合わせて優雅にゆったりと踊りを踊る。気づけばなんと天馬イポグリフォもいつの間にか、女神たちの従者が連れてきたのか、庭の片隅で何やら静かに草を食んでいた。
見上げれば愛の天使キューピッドたちが、手に手をとって宙を飛び、輪になって舞い踊り、あるいは小枝の上から愛し合う恋人たちを見守る。そんな仲間に入るべく、無骨な鎧兜を脱ぎ捨てたルッジェロもまた我を忘れて女神を誘い、柔らかな草の上に二人で横たわり、キューピッドたちの奏でる優しい音色に包まれて愛の言葉を囁いた。
女神は潤んだ瞳でじっと見つめ、しばらく互いに至福の時が流れ、やがて女神がふわりと舞い上がるようにして立ち上がり、柔らかな手でルッジェロの手を取り、庭を離れて城の中の静かな部屋で愛を交わすべくルッジェロを誘う。
静かに部屋に入り、やがてソファーに座った女神の横に体を接して座れば、さすがのルッジェロも胸が高まり、至福の時へと女神が誘う言葉を今かいまかと待ち受けた。そして、おもむろに開いた女神の口から出たのはこんな言葉だった。
遍歴の騎士さまにおりいってお願いがあるのです。
さてそれがどんなお願いかは、第7歌にて。
-…つづく