サラセンとキリスト教徒軍騎士たちが入り乱れ
絶世の美女、麗しのアンジェリーカを巡って繰り広げる
イタリアルネサンス文学を代表する大冒険ロマンを
ギュスターヴ・ドレの絵と共に楽しむ
谷口 江里也 文
ルドヴィコ・アリオスト 原作
ギュスターヴ・ドレ 絵
第 6 歌 不思議な冒険
第 1 話: 謎の騎士の正体
さて前回は、ギネヴィア姫の無実を晴らすべく現れた面付き兜で顔を隠した謎の騎士とイタリアの騎士の決死の決闘の場に駆けつけたリナルドによって、全ては邪悪な公爵ポリネッソの陰謀によりものだとわかり、めでたく大団円となったところまでをお話しいたしました。
ところで、どこからともなく現れた謎の騎士が果たしで誰なのか? 皆様のその疑問にお答えするところから第6歌を始めることにいたしましょう。
人間の愚かさは、何かにつけて物事を、自分に都合のいいように考えることであります。たとえば5歌に登場した邪悪な公爵ポリネッソのように、まだうら若き世間知らずのダリンダのうぶな心を、偽りの愛で手玉に取り、純真なイタリア騎士アリオダンテを、策を弄して絶望の淵に追いやり、果ては何の罪もないギネヴィア姫を死へと追い詰める悪行を立て続けに行いながら、それらがすべてシナリオ通りに進むとたかをくくり、すべての事情を知るダリンダさえ始末すれば、わが身は安全と、すべて自分に都合のいいように考える人間は何も彼ばかりではありません。
大概の悪者はそのように考え、非道の悪に手を染め、他人を巻き込んで不幸にし、ついにはその驕りが高じて墓穴を掘って我が身を滅ぼすものです。それが証拠にポリネッソも、リナルドの槍に胸を貫かれてこの世から姿を消したのでした。
そんな軽蔑すべき外道のことはさておき、皆さんがさぞかし気にしておられるであろうことは、ギネヴィア姫の疑いを晴らすために命を賭して決闘に挑んだ謎の騎士のこと。もちろん試合場にいた人たちもそう思いました。
間一髪のところでリナルドによって試合は中止され、悪事は暴かれたとはいえ、しかしイタリアの騎士ルカニオと互角に戦った謎の騎士の素顔を見たいと聴衆の誰もが思い、王やギネヴィア姫からも懇願されるに至って、ついに兜を取れた謎の騎士の正体は、なんとなんと、絶望のあまり、断崖絶壁から海に身を投げて死んだはずの純真な騎士アリオダンテ。愛するギネヴィア姫のために弟との決闘を決意した彼の心中を思えば、誰もが涙を流さずにはいられなかった。
実はアリオダンテは、いったんは荒海に飛び込んだのだったが、波に巻き込まれ半ば遠のく意識の中で、急に、もう一度ギネヴィア姫の姿を見たいとの思いがこみ上げてきたのだった。
無意識のうちにも水をかき分け、やがて浜辺にまで泳ぎ着いたアリオダンテは、そこで気を失った。運良く通りがかった一人の僧侶が彼を見つけ、僧院に連れ帰ったため、アリオダンテはかろうじて一命をとりとめたのだった。
その僧院でアリオダンテは、兄の死を伝え聞いた弟が兄の死の原因をつくったギネヴィア姫の不義を王に訴え、それに対する反証もなく、姫のために命をかけようという騎士も、一ヶ月の猶予期間が過ぎようとしてもなお現れておらず、このままではギネヴィア姫が溥儀の罪で命を落とすことになってしまう、ということを聞き及んだのだった。それを聞いたアリオダンテはいてもたってもいられずに、急いで王宮に向かったのだった。
その後の顛末は、前回お話しいたしました通り。疑いが晴れてみれば、兼ねてからアリオダンテを好ましく思っていた王は、その場で姫との結婚を許し、邪悪な公爵ポリネッソが所有していた広大な領地をアリオダンテに与えることにしたのだった。めでたしめでたし。
またリナルドの懇願によって恩赦を受けた侍女のダリンダも、邪悪な公爵にまんまと騙されて言いなりになってしまった自らの愚かさを悔いて尼寺に入ったのでした。
ところで、こうして騒ぎが収まってみれば、気になるのは、イポグリフォの背に乗って空高く舞い上がったまま、清廉な乙女騎士ブラダマンテを地上に残し、遥か彼方へと姿を消した凛々しき騎士ルッジェロのこと。
そのお話は、第6歌、第2話にて。
-…つづく