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■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと

第302回:流行り歌に寄せて No.107 「ごめんねチコちゃん」~昭和39年(1964年)

更新日2016/04/28

「ご~めんねごめんねえ チ~コ~ちゃん チコちゃん」
「は~い アキちゃん」

私が最初にこの曲を聴いたのは、確か『ロッテ歌のアルバム』の番組放映の中でだったと思う。歌詞の最後の三田明の発声に、応える形で、会場内の女性ファンたちから声が返ってくる。

10代から20代初めの頃の女性たちである。当時、まだ8歳であった私にとっては、みなかなりのお姉さんの年齢だったが、私の正直な感想は、「何なの、この人たち」であった。ルックスも顔も甘い男性歌手に、みんなとろんとしてしまい、上ずった声ではしゃいでいる。何かとても気恥ずかしかった。女性たちが、男性の前で甘えを見せる姿というものにあまりに不慣れだったからだろう。

その後、何回かこの曲を聴いているが、歌詞の内容についてはあまり知らずに、どことなくほんわりとして罪のない、十代の気持ちを歌ったものだろうと、半世紀以上思っていたが、今回もう一度聴き返し、歌詞を読み返したところ、大分イメージの違う内容であることが分かった。


「ごめんねチコちゃん」 安部幸子:作詞  佐伯孝夫:補作詞  吉田正:作曲  三田明:歌

1.
待ちくたびれて日暮れ路

知らんふりしていたっけね

お下髪(さげ)の先をつまんだら

にらんだ横眼が濡れてたね

ごめんねごめんね
 
チコちゃん チコちゃん

2.
声をつまらせ掌に

さよならネと書いたっけ

私の分までしあわせを

つかんで来てねと言ったっけ

ごめんねごめんね

チコちゃん チコちゃん

3.
笑ったつもりの泣き顔で

お嫁にいくのとうつむいた

しかたがないわのつぶやきは

聞こえぬふりして別れたが

ごめんねごめんね

チコちゃん チコちゃん


この曲は、雑誌『月刊平凡』 (平凡出版、現マガジンハウス発行)が、当時定期的に行なっていた読者への歌詞募集に応募してきた安部幸子(さちこ)の詞を、佐伯孝夫が補作し、吉田正が曲をつけたものである。

最初にレコードになったときは、同じ吉田正門下生である吉永小百合の『この夕空の下に』とのカップリングで、小百合さんの方がA面、明さんの方がB面だったが、『ごめんねチコちゃん』の大ヒットでそれが逆になった。因みに『この夕空の下に』も月刊平凡 の歌詞募集により、室山多香史という人の作詞、佐伯孝夫:補作詞、吉田正:作曲となっている。

余談だが、月刊平凡は、ライバル誌である月刊明星と競い合って読者からの作詞を募っていた。私がよく知る曲では、平凡の方は、西郷輝彦『涙になりたい』、ちあきなおみ『雨に濡れた慕情』、森進一『港町ブルース』があり、明星の方ではザ・ターガース『花の首飾り』、野口五郎『オレンジの雨』、桜田淳子『花占い』、山口百恵『ちっぽけな感傷』などがある(「大人のミュージックカレンダー」より引用)。

(ここからは主に「遊星王子の青春歌謡つれづれ」からの引用になるが…)
安部幸子という人は、『ごめんねチコちゃん』が発売された昭和39年5月からわずか4ヵ月後の9月に脳血栓により、24歳の若さで亡くなっている。

彼女の詞は数多く書きためられており、同年4月に発売された『石竹の花』(島倉千代子)を始め、生前も亡くなった後も、何年かに渡り舟木一夫、二代目コロムビア・ローズ、そして本間千代子に、それぞれ5曲以上も提供された。

詞の解釈については、今回引用させていただいた「遊星王子の青春歌謡つれづれ」の中で筆者が、愛情を持ってきめ細かく解き明かされている。私もこの筆者の解釈に倣って考えてみた。

1番2番3番には、それぞれかなりの時間的な隔たりがあるようだ。この曲のレコーディングのとき、まだ16歳だった三田明にとっては、1番の歌詞だけが当てはまる気がする。チコちゃんに待ちぼうけをさせておきながら、それを謝りもせず、おそらくズボンのポケットに手を突っ込んだりして知らんふりを決め込む。さらに、愛おしさからくる悪戯心で、怒って黙っている相手のお下げ髪の先を引っ張ったりしている少年A。

2番は、おそらく少年Aの高校卒業後の上京。チコちゃんは故郷に残るのだろう。小さな別れ。そして、3番は東京から一時帰郷している少年に告げる、チコちゃんの結婚をするという告白、本当の別れ。そんな光景が見えてくる気がする。

それにしても、曲全体を通して男の子の方は、チコちゃんの想いを知ってか知らずか、何もできない不器用な大バカものである。男として心情がよく理解できるだけに「ごめんねごめんね」などと言っていて良いのかと叱りたい。

けれども、24歳で夭逝した作詞家の安部幸子さんも、三田明のステージに詰めかけたファンの「お姉さん」たちも、こんな男の子をどこかで赦してくれていたのではないか、と私はこの年になって思うのである

-…つづく

 

 

第303回:流行り歌に寄せて No.108 「東京の灯よいつまでも」~昭和39年(1964年)

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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