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■西部開拓時代の伝承物語~黄金伝説を追いかけて

 

第37回:西部劇名作選 ベスト20 No.3

更新日2025/01/23

 

ジョン・ウェイン主演『駅馬車』

これらのコラムを書くにあたって、昔何度も観た西部劇を新たに観直した。
『シェーン』は小学校に上がる前に、親父とお袋と三人で札幌の名画座で観たのが最初だが、映画のほとんどを寝てしまい、最後のガンファイトの音で目が覚めた。その後リバイバル上映されたのを高校の時、そしてここコロラドに移り住んでからレンタルビデオで、DVDで再三観た。『駅馬車』も再上映されたのを(何しろ初演は1939年で、私が生まれる前だった)、中学校の時に観たのを皮切りに、その後繰り返し何度観たことだろう。
 
この1939年の白黒映画『駅馬車』は、西部劇の要素がすべて詰まっている。乗り合いの駅馬車、復讐、ジェロニモ・アパッチの襲撃、酒場サローンバーでの乱闘、アル中の医者、騎兵隊、そして決闘。だが、何と言っても『駅馬車』を有名にし、西部劇史上に燦然と輝いているのはジョン・ウェイン(John Wayne)あってのことだ。

最初、ジョン・ウェインを見た時、なんと無骨な大男が出てきたもんだと思ったものだ。ジョン・ウェインは時折鋭い視線を放つことがあるにしろ、眉はシッペ下りで、どこか優しさが漂っている不思議なマスクの持ち主だ。絶世の美男、水も滴るハンサムには程遠い顔で、美男とブ男の間に線を引くなら、ブ男寄りに属する顔の持ち主だ。しかし、表情に不思議な魅力が漂っていて、存在感があるのだ。

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初演のポスター
“Stagecoach”を『駅馬車』と訳したのはけだし名訳だ。
日本には乗客を集め、乗せて走る長距離馬車のようなものは存在しなかった。
生まれ育った札幌に馬鉄と呼ぶ市電の線路を馬で曳かせた公共交通機関が
あったが、長距離を行く駅馬車とはかけ離れたものだった。

この大男、ジョン・ウェインは『駅馬車』でジョン・フォードに起用されるまで十年近く不遇な下積み時代を過ごしている。一度、1930年に『ビック・トレイル』という西部劇に主演級で出たが、散々な悪評で、そのまま、野外映画、ドライブ・イン・シアターで上演されるようなB級、C級の映画に出ていた。私自身、『駅馬車』以前のジョン・ウェイン作品を全く見ていないから、偉そうなことは言えないのだが、監督のジョン・フォードはジョン・ウェインの無骨さの陰にスター性を見抜いていたのだろう。
 
一つの名作が生まれるには実に多くの奇遇が重なり合っているものだ。
原作はアーネスト・ヘイコックのダイム短編小説で、駅馬車に乗り合わせた乗客の人間模様を描いた作品だ。それをジョン・フォードはモーパッサンの小説『脂肪の塊』のイメージをオバーラップさせたというのだ。『脂肪の塊』は気の良い太った娼婦と彼女と乗り合わせたプチブルの市民の心理、感情を巧みに書いたモーパッサンの出世作であり代表作だが、一体、どこに、何が『駅馬車』に反映されたのだと言いたくなるほど『脂肪の塊』とはかけ離れている。共通しているのは駅馬車に乗り合わせた人間模様だけだ。ジョン・フォードはどこにインスピレーションに触発され、発想を得、それを発展させていったのだろうか。
 
ジョン・フォードはすでに中堅の監督としての立場を確立させていた。自身が2,500ドルでアーネスト・ヘイコックの原作“The Stage to Lordsburg”の映画権を買取り、ダドリー・ニコルスとシナリオを仕上げ、所属の20世紀フォックス社に持ち込んだが、頭から拒否され、他の映画制作大手からもあっさり拒否されている。

ジョン・フォードは、主役リンゴ・キッド役にゲイリー・クーパーを、そして怪しげな過去を持つ妖婦、ダラスにマレーヌ・ディートリッヒを起用すると、大風呂敷を広げていたようだ。

八方詰りになったジョン・フォードは、独立プロに企画を持ち込み、当時としても破格の総額53万ドルという低予算で映画を作ることになった。ゲイリー・クーパーは後で、あの作品ならタダでも出演しただろう…と言ったとか、言わなかったとか後日談が伝わっている。

ジョン・フォードは、無骨だが異様な存在感を持つジョン・ウェインを登場させ、この二人のコンビが生まれた。

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ジョン・ウェイン(John Wayne)

アパッチ襲撃と猛スピードで駅馬車を走らせるシーンの迫力は前代未聞の伝説になった。スタントマン、馬から落ち、馬車の車輪の間に転がるスタントを演じたヤキマ・カヌートのインタヴュー記事を読んだことがある。ジョン・フォードは危険すぎると、ヤキマのアイディアを当初退けていたが、大勢のインディアンが撃たれ落馬するシーンで、大怪我をする危険を犯しているのだからと、ジョン・フォードを説得したと語っていた。
 
もう一つの主役は、背景、モニュメントバレーだ。『シェーン』がワイオミングの山々なくしてありえないと同様に、乾燥し切った大地から突き出ている奇岩の数々、その裾を縫うように幌馬車、騎兵隊が馬を走らせ、インディアンの襲撃がある。

現在、ここはナバホ・インディアンの居留地区になっており、入園料を払って、車を乗り入れることができる。中にモーテル、土産物屋があり、キャンプ場もある観光地になっている。まさに『駅馬車』様サマだ。1937−38年に撮影が行われた時、土地のナバホ族は貧窮のどん底にあった。エキストラとして『駅馬車』に出演し、いくばくかのエキストラ賃金は彼らを救った。

インディアン=白人入植者を襲う未開人というステレオタイプを増長したと、ジョン・フォードの西部劇を非難するのは当時のことを知らない、現代のレッドパワーとそのシンパの言うことだ。

その後、モニュメントバレーをジョン・フォードは何度もロケ地として使い、ナバホ・インディアンにお金を落としている。ナバホ族にとってジョン・フォードは救世主のような存在だった。
 
私はモニュメントバレー内で二度キャンプしたことがある。朝陽が登る時、陽が沈む時、自分の身がその中に溶け込んでいくような錯覚に囚われた。モニュメント(ビューット;Butte)の下で車を捨て、徒歩でハイキング、散策していて気が付いたのだが、こんな不毛を絵に描いたような土地にまだナバホ族は岩陰の洞窟のような家、石、岩を泥で固めた小屋で暮らしているのだ。チッポケな毛並みの悪い犬が吠えついてきた。

小さなプロダクションのミニバジェットの『駅馬車』は、幕開けから大当たりを取った。私自身、アカデミー賞を高く評価していないにしろ、1939年のアカデミー賞7部門にノミネートされた。が、相手が悪かった。総天然色、ワイドスクリーンの大作、しかもその時代、トキメク大スター、クラーク・ゲイブル主演の『風と共に去りぬ』が話題を独占し、13部門のノミネート、雪崩現象で8部門もの受賞を果たしたのだった。

『駅馬車』は2部門、助演男優賞(アル中の医者、トーマス・ミッチェル)と音楽賞を受賞した。

ともあれ、ジョン・フォードとジョン・ウェインの名コンビが生まれたのだ。

このコンビは西部劇に留まらずアイルランドを舞台にした『静かなる男』を撮っている。このアイルランドの自然を上手く捉えた『静かなる男』で、ジョン・フォードはアカデミー監督賞を受賞している。

-…つづく


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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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