第21回: 泣笑的駱駝(後編)
更新日2002/09/12
アミーガ・データ
HN:MIN
恋しい中国のもの:『揚子江の川魚を使った母の料理』『友達』『家族』
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MINの出身地は、南京。『ヒロシマ・ナガサキ』というと『原爆』と思い浮かべるように、『南京』というと『大虐殺』のイメージが強い。私は自分が長崎出身のせいか、まず最初に、彼女に尋ねた。日本のこと、嫌いじゃない?
「戦争を知っている世代には、たしかに嫌いというひともいる。でも若いひとたちは、関係ないよー」 現在の南京には、日本関連の企業もたくさんあるという。また医薬大学には、漢方を学ぶために多くの日本人留学生もやって来る。日本のテレビドラマや俳優も人気だ。恨まない、それはなんて有り難くて素晴らしいことなのだろう!
MINに大学時代を振り返ってもらう。楽しかったかと訊くと首をぶんぶん振って、「きつかったよー、日本語の勉強!」と叫んだ。自動詞や他動詞など複雑な日本語文法に散々悩まされたのだという。それでも彼女は大学2年で、日本語能力検定試験1級に合格。卒業後は、通訳の研修のために日本へ留学した。
期間は半年、場所は北海道の旭川。美しい景色と、優しい人々。初めての海外生活は、毎日が新鮮で、とても楽しいものだった。辛いことはなかったという。
帰国後は、南京にある日本との合弁会社に、通訳として就職する。10ヵ月後、日本から派遣されていた金城武に似ている男性が帰国したから、ではなくて海外に行くチャンスを手に入れて会社を辞めた。行き先は、敬愛する作家・三毛の愛したスペインだった。
こうして2000年4月、MINはマドリードへやって来た。といっても、労働許可を手に入れたら、すぐに従姉妹が会社を経営するジュネーブに行くつもりだった。二度目の海外生活、しかし今度は言葉の問題がある。アジアとヨーロッパでは、習慣も大きく違う。楽しかっただけの日本滞在とは異なって辛いこともあったが、どういうわけかスペインが気に入った。
MINは何度かジュネーブを訪れている。あちらの方が、街は美しいし、華やかな歴史もあるし、人々の生活にも余裕がある。「でも、住んでいて心地良いのはスペイン。今はずっとここにいたい」 スペイン人って時間は守らないし怠け者だと思うけど、飛びっきり親切で、なにより自由気ままに楽しそうに生きている。スペインの良いところを訊いたら、そう答えた。そして付け加えて一言。「スペインの良いところはね、なんでも!」
ついでに日本の好きなところを訊ねると、「街もひとも、清潔だよね。それに田舎のひとは、親切だし、とても素直」と嬉しそうに答えた。じゃぁ嫌いなところは? 「ないよ。ぜんぜんない。あぁでも、いろんなことを気にしすぎたり自然じゃない言動をするのは、理解できなくて困るけど」 そうして中国の良いところを訊いたら「ない、いまはない。思いつかない」と目を伏せた。悪いところを訊くと、一言「政治」と唇を噛んだ。
MINの父親は、現在入院中だという。最初の知らせから1週間、少し状況は良くなった。テレビ局の撮った『証拠ビデオ』がやらせであることが明らかになり、父の上司や親類たちもやっと運動を始めたらしい。でもやはり、体の弱い父と、まだ若い妹のことが心配だ。スペイン生活中は実家に毎週電話をしていたほど、彼女は家族思い。現在の願いは、家族みんなが幸せに生活できること。切実な、願い。
姉のスペイン生活を「嫌だー、そんな貧乏生活」と笑いながら否定していた妹も、今回の事件をきっかけに、スペインに来たいと言い出したという。家族の幸せのため、なんとかしてやりたい。妹が労働許可を得て合法的にスペインに来られるようにするために、MINはいま、起業を考えている。
父、母、妹。中国で辛い状況にある家族のことを考えると、胸が張り裂けそうだ。いますぐにでも会いに行きたい。でもそうすると、却って迷惑になってしまうかもしれない。でもやっぱり、会いたい。心配でたまらない……。事件以降、MINは迷い続けている。でもひとつだけ、覚悟を決めたことがある。妹を呼び寄せる状況を整えること。スペインで生活の基盤を作るために、もっと頑張ること。海外で暮らすという自分の夢が現実になったいま、彼女が家族の幸せのために頑張り、妹の願いを叶えてあげる番なのかもしれない。24歳のMINが、背負うものは大きい。
私は、MINのことが大好きだ。頑張り屋さんで、日本語が堪能で、いまやスペイン語も堪能。しっかりしていて、なにより明るく前向き。夢もあるし、現実のこともちゃんと考えている。
MINがスペインへ来るきっかけを与えた作家・三毛は、夫が仕事で潜水中に不慮の事故で亡くなった数年後に、自殺によって人生の幕を閉じている。それだけ愛していたのだろうけど……。でもMIN、私たちは絶望しないで生きようね。私はMINと比べると抱えているものがとても小さくて笑っちゃうけれどさ、やっぱりどんな厳しい状況になっても、生き抜くことは諦めないで頑張ろうと思うんだ。
ほら、三毛は『哭泣的駱駝』って作品を書いてるじゃない。……ごめん、内容は知らないのだけれど。私たちは、『泣笑的駱駝』でいこう。大きかったり小さかったりヒトコブだったりフタコブだったりの荷物を背中に背負ってさ、砂漠でもなんでもどんなに厳しい道だってさ、頑張ってどんどん歩こうぜ! 友達同士、時には泣いたり笑ったりしながらね。
第22回:30歳、さすらいの途中。(前編)