第22回:時にはウイスキーの話(2)
更新日2004/03/18
私は、今ジョニー・ウォーカーの黒ラベル(以下、ジョニ黒)を愛飲している。ずっと前からというわけではなく、ここ2、3年前からのことだ。ジョニー・ウォーカーはブレンデッド・ウイスキー。前回も書いたが、あまりにも値が下がったことから、ブレンデッドそのものを軽視していた時期が、私にもあった。
「以前は1万円もしていた酒が、今は2,000円前後で買えてしまう。あまりありがたがって飲む酒ではないな」という訳である。今考えると、恥ずかしい話だと思う。この酒があまりにもビッグ・ネームであったためにどことなく敬遠し、ろくに飲むこともしないで、価格の変動だけで、酒の品評をしていたのだから。
私がジョニ黒を飲みだしたのは、モルト・ウイスキーにも精通している、ウイスキー好きのバーテンダー仲間のほとんどが、好んでこの酒を飲んでいたからだった。
「そんなに旨いものですかね?」「はい、これは旨い酒です」「それでは、少し飲んでみましょうか」「ぜひ、ぜひ。手離せない酒になりますよ」
今では、確かに彼らの言う通りになった。
ジョニ黒のキーとなるモルト・ウイスキーは、カードゥ、タリスカー、ラガヴーリン。そして、グレーン・ウイスキーであるキャメロン・ブリッグをブレンドして作られる。
カードゥというのは、スコットランド北東部に位置し、この国の約半数の蒸留所が立ち並ぶ最大の酒どころ、スペイサイドで作られたモルトで、華やかな甘さを持つ。この酒は、赤ラベル、金ラベル、青ラベルのすべてのジョニー・ウォーカーに使われている。
タリスカーは、北西部の島スカイ島生まれのモルト。私は、店でお客さんに「ガツン系」という言葉を使ってご紹介しているが、たいへんスモーキーで荒々しい刺激的な味の酒だ。
そして、ラガヴーリン。南西部の島アイラ島出身の、モルト・ウイスキー中でも秀逸な旨さのモルト。重厚で、しかもなめらかな口当たりを持ち、コクがある。強烈な個性がベースにあるので、これが嫌いな人には受け付けられないが、一度気に入ってしまうと間違いなく病みつきになることだろう。
カードゥの華やかな甘さが基調になるが、それをタリスカー、ラガヴーリンの刺激と重さで味をグッと締める。いつ飲んでも飲み飽きないこのバランスが絶妙で、ブレンダーの技のすばらしさに敬意を示したくなる。
「こんな旨い酒が2,000円で飲めるなんて、実にありがたいことだな」以前とは180度変わって、今はそう思いながら飲んでいる。
ところで、ブレンデッド・ウイスキーの中には、オールド・パーのようにわずか2、3種類のモルトとグレーンだけを使って作られたものもあれば、バランタイン17年のように40種類ものモルトと4種類のグレーンを使って作られるものとがあって、なかなか興味深い。
2、3種類であればひとつひとつのモルトの役割は大きいと思うが、40種類ともなれば、それが39種類のものと味のどこが違うのと問われて、もしその飲みくらべをすることがあっても、私にはまったくわからない気がする。
現在のバランタインのマスター・ブレンダー、ロバート・ヒックス氏は何と4,000種類の香りを嗅ぎ分けることができると言われているが、一体どんな鼻の持ち主なのだろう。
40種類あるバランタイン17年のモルトの中でも、メインとなるものが7種類あって、それを「バランタイン魔法の7柱」と呼んでいるらしい。スキャパ、プルトニー、バルブレア、グレンカダム、グレンバーギ、ミルトンダフ、アードベッグの7本。
大きな役割を担う「7」と言えば、「たそがれ清兵衛」「ラストサムライ」などの最近の侍映画ブームにあやかるわけではないが、私の大好きな映画「七人の侍」を思い出す。実際にこの7種類のモルトを飲んでみて、7人のイメージと重ね合わせてみた。
まず、勘兵衛(志村喬)はアードベック。どっしりした存在感、全体の味を束ねるリーダー・シップがあるところから。久蔵(宮口精二)の渋いカッコよさは、少し気むずかしい銘酒スキャパ。若い勝四郎(木村功)は、やはり若さが魅力の酒バルブレア。突拍子もない個性の菊千代(三船敏郎)は、荒々しく個性的な飲みごたえのプルトニーのイメージが合う。
ここらまではすんなり来たが、あとの稲葉義男、加藤大介、千秋実については迷ってしまった。もう一度「七人の侍」をじっくり見直して、この3人の「配役」を決めようと思う。
酒を誰かのイメージに重ねて思い起こしながら飲むことも、結構楽しいものだ。そう言えばずいぶん以前だが、初めて入っていらした初老の紳士に、
「私はウイスキーというのをよく知らないのだが、何かおすすめのものを飲ませていただきたい」
と依頼されたことがある。
私がいろいろと考え、いくつかお出しすると、その方は、
「これは真面目な優等生の味、吉永小百合だな。こちらの方は少しお侠なところがあって加賀まりこかな。私はどちらかと言えばこちらの方が好みですね」
などとお話ししながら、実に旨そうに飲んでおられた。
みなさんは、一体どんな人のイメージの酒を飲みたいと思われるのだろうか。私は今、秘かに永作博美のようなブレンデッド・ウイスキーを探している。
第23回:桜 サクラ さくら