■フロンティア時代のアンチヒーローたち 〜西部アウトロー列伝



佐野 草介
(さの そうすけ)



海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

■貿易風の吹く島から
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[全157回]



 

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第1回:いかにして西部劇狂になったか

更新日2006/10/05


最近、血を沸かすような西部劇がなくなったと感じるのは私だけだろうか。
 
大平原、赤茶けた岩がそそり立つモニュメント・オブ・ヴァレー、汗の匂いが画面からにじみ出てくるような野性味あふれるカウボーイたち、輝く星のバッジを胸につけた苦みばしったシェリフ、黒ずくめに決めたギャンブラー、そそり立つ崖に立つインディアン、そして緊張感あふれるガンファイト、息をするのも、マバタキをするのさえ忘れて凝視した西部劇は過去の遺物になってしまったのだろうか。

私の西部劇好きには因縁がある。小学校に上がる前からよく親父の自転車の後ろの席に乗り、映画の2本立てを見に行っていたのだ。親父の西部劇好きは図抜けていて、滑稽なほどだった。『帰らざる川』(ロバート・ミッチャム、マリリン・モンローほか)を観た後、親父はソフト帽をつぶして変形させ、西部劇風のテンガロンハットに仕立て、濃紺の作業服をジーンズ風にはき(当時ジーンズがなかったのだろうか)、もちろん太めのベルトに大きなバックルをつけ闊歩し、すっかりロバート・ミッチャム気取りだった。当然、マリリン・モンローの大ファンだった。幸いお袋にマリリン・モンローの真似をさせることはしなかったが。

私の方からねだった記憶がないし、ねだって叶えられるようなモノではないとあきらめていたと思うが、8歳の時、突然小型の単発式猟銃を与えられたのだ。今つぶさに記憶をたどると、これも親父の西部劇狂いに端を発していると思われる。その少し前に西部股旅物の傑作『シェーン』(アラン・ラッド、ジャック・パランスほか)を親子3人で見に行き、主役のアラン・ラッドをすっかり食ってしまった坊やに親父はしきりに感心していた。

私は映画の真ん中を寝て過ごし、最後の酒場でのジャック・パランスとの決闘シーンのピストルの音で目が覚めた(後年リバイバルで全編通して眠らずに観た)。お袋が、「牧場主の奥さん、シェーンが好きだたんだね」と、7、8歳の私に言っていたのを奇妙に覚えている。

親父はひ弱な彼の息子に(今はともかく、少年時代の私は頭ばかりでかく、ひょろひょろと背丈だけがのびた、およそシェーンの子役ジョーイとは似ても似つかない、都会のモヤシだった)映画シェーンの子役のイメージを押し着せていたのだろう、ともかく私は小学校2年で単発ながら本物の猟銃を手にしたのだった。

10月、猟が解禁になる前に銃の扱いを徹底的に仕込まれ、射撃場で訓練されたが、一番うるさく言われたのは銃の持ち方、銃を持って歩く時の銃口の位置だった。一度何かの拍子に銃を地面に落とした時、弾を込めていなかったにもかかわらず、1週間だか2週間、銃を取り上げられたから、年端の行かない子供に銃を持たせる割には、安全と責任への配慮はあったのだろう。猟が解禁になると私は親父について回るようになった。

親父の生活そのものもパイオニア風を気取っていた。というより映画での西部劇に洗脳されたドン・キホーテのようだった。札幌の郊外になりつつあった円山近くに自分で家を建て、棲んだ。引き戸、襖(ふすま)、障子のたぐいが一つもない、ドアがやたらに多い洋風のバラックで、居間はもちろん幅の広い、ぶ厚い板を打ち付けたフローリングで、壁にはライフルならぬ水平2連銃をかけ、雉(きじ)や鴨(かも)の剥製を飾っていた。親父が移り住んだ大正時代のその時でさえも、そこは開拓地とはとても呼ぶことができないすでに開発された地域だった。そんな家で私は生まれ育った。
 
親父は器用に色々な楽器を弾きこなしたが、大声で歌うとどこかで音程がずれ、子供の耳にも聞き苦しい音痴になった。その声でアコーディオンを弾きながら、『帰らざる川』の中でマリリン・モンローが歌っていたテーマソング「ノーリターン、ノーリターン(No return)アアアハッハーーー」とやるのだが、私には「脳足りん、脳足りん」と聞こえてしょうがなかった。

そんな洗礼を受けたおかげか、私も血統書つきの西部劇ファンになった(カーボーイスタイルで歩き回ることはしていないが)。

20年以上も海の生活をしていたので、テレビを持つどころか観るチャンスさえなかったのが、オカに上ってからというもの、テレビやビデオにすっかり犯されてしまったのだ。無菌状態で育った者は細菌に弱いのだ。それでもしばらくはテレビなしの生活で別に必要とも思わなかったのが、義理の妹のところから大中古で映りの悪いテレビが回ってきた。そして何気なく立ち寄ったレンタルビデオ店に膨大な西部劇のコレクションを見つけ、即ビデオデッキを買い、忘却のかなたにあったはずの西部劇を再燃焼させたのだった。

見たわ、見たわレンタルビデオ店にある傑作、駄作、マアーマアーの作品まで、ほぼ見尽くした。連れ合いは多少軽蔑の混じった呆れ顔で、「皆同じストーリじゃない?」とか、「コレもう見たんじゃない?」と、のたまっているのを尻目に西部劇を見続けたのだ。

確かに結果が分かっている寅さんのシリーズを見続けるのと同じ心理的要素があるにはある。ゲーリー・クーパー、ジョン・ウエインは決して死なない。悪者が死ぬのだ。

それにしても、あのテンポの遅さはどうなっているのだろう。お決まりであるラストシーンの決闘にしろ、ジッとにらみ合い、カメラはアングルを変え、開いた長い足をかいくぐるように相手をとらえ、乾いた西部の町の路面を一陣の風が吹き抜け、ホコリが舞い上がる。しかし、両者はまだ拳銃を抜かず、無骨な手がニギニギをするように、あるいは引きつるように、拳銃に手をかける瞬間を計っている。最近の映画なら、とっくに20〜30人は血煙を上げ、殺されているところだ。


親父の若き頃


普段でさえアメリカ南部の貧農くらいには
見えていたから、ここから西部劇スタイルに変身するのは、
しごく簡単なことであったろう。


親父と一緒に撮ったほとんど唯一の写真。
まだ鉄砲を持つ前のものだろう。
山や沢を歩き回りウルシに酷くやられ、ただでさえ
大きな顔が腫れあがり、さらに一回り大きくなっている。
犬の名前? 当然「シロ」です。

-つづく

 

 

第2回:ラストシーンで主人公が2人とも死ぬ西部劇


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