第802回:18歳のティーンエージャー市長さん
アール(EARLE)という人口1,800人のアーカンサス州の町に、18歳の市長さんが誕生しました。州全体が保守的なアーカンサスで市長に当選したのは、なんと高校を出たばかりの黒人、 ジャイリン・スミス(Jaylen Smith)君(さんと呼ぶべきかな?)です。いかにも初めて着た背広、紺色の上下に濃いエンジのネクタイ、なんかまだ坊や、坊やしています。
ティーンエージャーの市長さんは、アメリカで彼が初めてではありません。ざっと調べたところ、ミシガン州のヒルスデール、ペンシルバニア州のマウント・カーボン、アイオア州のローランドでも、市長の被選挙権が生ずると同時に立候補し、当選しているティーンがいます。
ですが、ジャイリン君の場合は黒人なのです。これはアメリカ史上初めてのことです。市長(町長?)選挙はキワドイ勝利でした。対立候補のネミ・マシュウさん(Nemi Mathew;白人)は40年も町の仕事をしてきた人で、町に知古も多く、絶対有利とみなされていましたし、無投票で再選されると信じていたようです。
ところが、高校の生徒会でほんのわずかな経験を積んだだけのジャイリン・スミス君が熱心に情熱を傾けて市長選に打って出たのです。もちろん、同級生、先生、先輩、その親たちが積極的に応援したのでしょう。結果は、235票対183票で当選したのです。
それにしても総投票数418票とは…と言うなかれ、選挙は選挙なのです。
ジャイリン君を市長として選んだ町アールは、人口1800人、しかも年々減少しています。税収入、消費税の一部は郡から受け、それに固定資産税の一部を財源としていますが、財政が行き詰まっており、小中学校、高校を維持するのさえ難しくなってきています。いわば半分死にかけたゴーストタウンに近い町なのです。
この町の名前はかっての大地主であり、アクティブなKKK(Ku Klux Klan;暴力的な白人至上主義グループ)のメンバーであった“ジョシア・フランシス・アール”から来ていて、黒人がリンチにかけられることが珍しくなかった町なのです。このアールの町で市民権運動を展開しようと黒人グループがデモ行進を組織したところ、怒り狂った白人至上主義者に黒人5人が鉄砲で撃たれ、デモを潰されています。ジャイリン君の生まれる前の1970年のことです。
悲痛な歴史を経て、今では黒人が大多数を占める町になっています。というのは、少しでもゆとりのある白人は町を離れ、都会に(メンフィスは50キロほどです)に移り住んでいくからです。
元々アールの町は、林業、農業、それに靴の工場で成り立っていました。大都会のメンフィスに近いこともあり、それなりに栄えた時代もありましたが、乱伐で木がなくなり、今では一つだけあったスパーもなくなり、ダラーストア(100円ショップ)3軒、大時代的な雑貨屋さんが1軒だけ、と寂れていく町になっていました。
それと同時に、打ち捨てられた空き家が目立ち始め、そこを居城にしてホームレスが増え、ドラッグディーラー犯罪(主に子供です)が増え始めていました。
ジャイリン君は中々優秀な高校生だったようで、アーカンサス州立大学に進学しようとしていましたが、まず自分の故郷の町アールを建て直し、住み良い町にするのが先決だと市長選に打って出たのです。
アメリカの政治は2大政党制が中央議会から田舎の町まで色分けが広く行き渡っていて、そのどちらかに属さない限り、党の援助も何も貰えません。第三政党が育たない仕組みなのです。ジャイリン君は一応民主党に属していますが、地方の共和党の大会にも顔を出し、このような小さな町の政治に2大政党は無意味だ、二つに別れて競い合うのは意味がない、言わば彼自身は、“住民党”だとしています。
彼が手をつけたのは、まず町の安全政策でした。町で2人のシェリフと4人の保安官補を常雇いにし、身分を保証したあたり、保守的な共和党的な政策です。そこに加えて、犯罪の温床になっている、空き家の取り壊しを素早く行えるよう、郡の裁判所に掛け合っています。また、町から離れずに大学の単位を取れるよう、インターネットコースのアドバイザーを高校に置いたり、中々具体的な行動を起こしています。単なる理想を呪文的に、指でVマークをかざし、ピースを唱えるだけの若者ではないようなのです。
それまでは、町の長老的な人間が自分の仕事の片手間に市長を務め、町中にある小さな市長室に週に何度か顔を出すだけのようでしたが、ジャイリン市長は全く違います。ビッチリ市長室に詰めているか、町のコミッティーメンバーに会いに出かけているか、四六時中かかってくる電話の対応に忙殺されています。それまで何をどうやってもアールの町は救いようがない、なるようにしかならないと諦め切った姿勢とは180度異なり、アールの町のためになると判断したら、即、決断、行動を取るのです。
もっとも、こんな小さな町で財源も限られていますから、できないことの方が多いでしょう。ジャイリン君の手腕がどこまで発揮できるか、将来は全くの未知数ですが、彼が市長(町長と呼ぶべきだったでしょうか)になってから支持層が増えたと言いますから、町の将来は決して暗いものではありません。
町の人々、白黒を問わず、自分の町に黒人で最年少の市長を持ったことを誇りに思う日が来ることを、願ってやみません。
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