■ダンス・ウィズ・キッズ~親として育つために私が考えたこと

井上 香
(いのうえ・かおり)


神戸生まれ。大阪のベッドタウン育ち。シンガポール、ニューヨーク、サンフランシスコ郊外シリコンバレーと流れて、湘南の地にやっと落ち着く。人間2女、犬1雄の母。モットーは「充実した楽しい人生をのうのうと生きよう」!


第17回:夫とデート

更新日2001/07/31 

環の2才の誕生日に、ミッシーとトーリーを我が家に招待した。食事が終わって子どもたちが勝手に遊び始めると、大人たちは例によって井戸端会議だ。子どもができる前、トーリーは弁護士だったし、ミッシーは、とある大手コンピューター会社で働いていた。二人ともばりばりのキャリアウーマンだったのだ。そして現在は専業主婦。もっとも、この「専業主婦」の中身は、子どもが小さいうちはほとんど「専業母親」だと私は思う。

そして、この「専業母親」というのは1日24時間、1年365日まったく休みのない、他に類を見ないハードワークだ。トーリーは言った。「ホントにね、母親に比べれば昔の仕事なんて本当に楽ちんだったわよ」 ミッシーも言う。「本当よね。風邪をひいたら休めるし、映画が観たいと思えば会社の帰りに行けばいいんだし、ちょっとおいしいものが食べたいと思えばいつでも行けるしね。リチャード(ミッシーの夫)とふたりっきりの時間だってたくさんあったし。でも今じゃあ、寝る前にちょっと話ができればいいくらいね」

「なに言ってるのよ。あなたなんか、今だってリチャードと2人でよく出かけてるじゃない」と、トーリーが言う。ミッシーは彼女自身の両親もリチャードの両親もすぐ近くに住んでいるので、どちらかに子どもを預けて、よくリチャードと2人で食事に行ったり、映画に行ったりしている。トーリーの夫も弁護士で、その事務所が音楽の無料配信で問題になったナップスターの顧問をしているためとても忙しいのだ。2人で出かけたくても、なかなかブラッドにその時間が作れない、と彼女はぼやいた。

次に2人は、はた、と私を見た。「カオリはサムと2人で出かけたりするの?」「出かけたことないなあ」と言うと、2人は急に気色ばんだ。「何ですって? それって、アメリカに来てからずっと出かけてないってこと?」「と、いうより、環が産まれてからずっとだよ」2人は声をそろえていった。「信じられない!! どうして、それで我慢できるわけ? そんなのだめよ! 私たちが環を見ていてあげるから2人で出かけなさい! すぐにサムとデートする予定を立てなさい!」

私にしてみれば、子どもができれば夫との2人きりの時間が減るのは当たりまえだと思っていたし、ことさら子どもをおいて出かけたいという強い気持ちもなかったので、2人の剣幕にびっくりした。夫との2人きりの時間がこの先ずっと持てないというのであれば私も考えただろうけど、しばらくすれば子どもは子どもで自分の時間を持つようになる。それから夫との2人の時間を過ごせばいいと思っていた。でも、それは2人にとっては考えられない事態であるようだった。

というわけで、なかば強制的に、その週末に夫と2人きりで出かける予定を立てさせられることになり、日曜日にトーリーの家に環を預けて夫と2人で出かけることにした。アンティークの食器を見るのが私たちの趣味なので、アンティークショップを巡ることにした。

たしかに子どもがいないとゆっくり見て回ることができる。食器やガラスが並ぶ棚の前で心ゆくまで吟味できる。けれども本当のことをいうと、アメリカ人は概して子どもに優しいので、アンティークショップに子ども連れで入っても、いやな顔をされたことはないし、環はおやつを与えておけばわりとおとなしくベビーカーに座っている子どもなので今まで不自由さを感じたことはなかった。

結局2時間くらいアンティークショップを巡り、カフェでお茶をして3時間くらいで環を迎えにトーリーの家に行った。トーリーの第一声は「もう帰ってきたの?! 駄目じゃない! もっとゆっくりしてきてよ!」 おいかえされそうな勢いだ。でも、私たちはなんとなくもじもじして「う~ん、2人きりの時間を堪能してきました」「まったく仕方ないわね。日本人って本当に尊敬するわ。子煩悩なのね。私にはできないことだわ」

私のほうは反対に、子どもができても夫との2人きりの時間を大切にするアメリカ人の考えかたに感心した。母親になってもちゃんと一人の女性として夫と向き合うという姿勢はなかなか新しい視点だ。

 

→ 第18回:母親か女か