■ダンス・ウィズ・キッズ~親として育つために私が考えたこと

井上 香
(いのうえ・かおり)


神戸生まれ。大阪のベッドタウン育ち。シンガポール、ニューヨーク、サンフランシスコ郊外シリコンバレーと流れて、湘南の地にやっと落ち着く。人間2女、犬1雄の母。モットーは「充実した楽しい人生をのうのうと生きよう」!


第29回:子供はいつ大人になるのか?~その1

更新日2002/02/05 


渡米して間もない、まだ友だちと呼べる人が一人もできていなかった頃、子供を連れてダウンタウンの公園に遊びに行った。午後の中途半端な時間だったせいで、人陰もまばらだ。その公園は、大雑把に言えば5つのエリアに別れていた。芝生のグランド、バスケットボールコート、テニスコート、(いずれも市のもので、使用料は無料)大きい子供のための遊具場、そして、小さい子供のための柵で囲われた遊具場だ。「ちょっと目を離した隙に」起こる事故を防ぐためにサンカルロス市のマザーズクラブが市に掛け合って作らせたものだということを後で知った。

歩き始めたばかりの娘、環を連れて行くには絶好の場所だった。滑り台も低いし、何より3歳以下の小さい子供だけが主にそこで遊ぶので、大きい子供の邪魔になるかも、と言う心配は一切無用だったからだ。その時も、そのエリアにいたのは、環と2歳くらいの女の子が一人、そして7歳くらいの男の子がもう一人いただけだ。環は滑り台に登ったものの、滑り降りるにはちょっと勇気が出なくて、でも滑ってみたい、と言う感じで滑り台の上で逡巡していた。そこに、7歳くらいの男の子が環の後ろにやって来た。その子はちょっと困ったような顔をしたので、私は環に「お兄ちゃんに先に滑ってもらいましょうね」と、その子にもわかるように英語で言った。すると、その男の子は「Thank you」と言って滑り降りた。その後も環はどうしようか、まだ逡巡していた。

すると、その男の子がわたしのところにやってきて「あの子は滑りたいのに、滑れないの?」と尋ねる。「そうなの。登ってみたけど、ちょっと恐いのかもね」その男の子は環のことを邪魔だと思ったに違いない、と私は勝手に思っていたのだ。しかし、意に反してその子は私にこう言った。

「恐いんだったらね、僕が一緒に滑ってあげようか?」

心底びっくりした。そして、感動した。ちょっと涙が出そうなくらいに。「じゃあ、お願いしてもいいかしら?」と言うと、その子は「もちろん!」と、破顔大笑という顔で意気揚々と滑り台に登って行き、環に優しく「僕が一緒に滑ってあげるよ」と言ってくれた。環はちょっと恥ずかしそうに「うん」と頷いている。そして、お兄ちゃんに抱きかかえられるようにして一緒に滑って来た。

私は「本当にありがとう」とお礼を言った。すると、その子は私に真剣な顔でこう言ったのだ。「あのね、大丈夫だよ。あの子ももう少し大きくなったら自分一人で滑れるようになるから。僕の妹も最初は怖がったけど、今じゃ一人で滑ることができるんだからね」それはまるで、新米の母親を元気づけるような響きがあったので内心苦笑してしまった。

聞いてみると、その子は2歳の妹を連れてちょっと用事に出かけた母親を待っていたという。私の先入観からいくと、7歳の男の子にとって2歳の妹は邪魔にこそなれ、そんな風に「保護者」にはなり得ないと思っていた。しかし、その7歳の男の子は2歳の妹の立派な保護者だったのだ。
その「事件」をきっかけに、「子供の大人っぽさ」あるいは「子供の自立」という観点からアメリカ人の子供を観察するようになった。そうすると、アメリカ人の子供は日本人と比較してずいぶん早く自立するような印象を受ける。どうしてだろうか? それは、次回。

 

→ 第30回:子供はいつ大人になるのか? ~その2