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第753回:鉄道スクエアと黒壁スクエア - 長浜駅 -

更新日2026/01/15



旧長浜駅舎の内部は出札口や1等2等待合室が残されていた。鉄道と船が分単位で乗り継げるはずもなく、旅客はこの駅で列車あるいは船を待った。暖炉もしつらえてあり、冬の寒さを物語る。駅長室も当時としては立派な部屋だったはずだ。なにしろ国家事業の鉄道である。駅長は高級官僚だろう。しかし座ってばかりではいられなかったようで、当時の北陸本線、柳ヶ瀬駅まで7駅の駅長を兼務し、列車に乗り込んで切符の木札を売っていたという。明治時代が始まったばかりで通貨も新旧あり、天保銭、文久銭、一厘銭が混じっていた。売上の集計も複雑だったという。身体と頭脳を駆使した初代長浜駅長高橋善一氏は、その働きが認められ、初代東京駅長に任命されている。

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旧長浜駅1等2等待合室

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旧長浜駅出札口

長浜駅舎とつながる長浜鉄道文化館は、北陸本線などの歴史解説の展示が興味深い。開業当時の長浜駅の模型があって、線路は行き止まり、駅舎から桟橋までのつながりがわかる。行き止まった線路の先は空き地になっていて、将来の鉄道接続の準備である。旧北陸本線の各駅の図面も残っていて、列車の行き違いや貨物列車の積み降ろし線がわかる。眺めていると、当時の人々の息づかいが聞こえてきそうだ。

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旧長浜駅当時のジオラマ

長浜鉄道文化館のとなりの北陸線電化記念館も見学した。やや駆け足になってしまったけれども、電化前に活躍したD51形蒸気機関車793号機と、電化の立役者のED70形電気機関車1号機が並んでいる。運転室にも入れた。計器やレバーなどがたくさんあり、機関士や機関助士がこれをすべて操作するのかと思う気が遠くなる。今の電車ならレバー1本でとりあえず動かせそうなものだけど、これはさすがに無理だ。機関車と一体となって働いた人々を尊敬する。

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「D51 753」1942年に三菱重工業神戸造船所で作られ
東北本線大宮機関区に配属。東海道・中央、北陸線で活躍
最後は国鉄金沢鉄道管理局から長浜市に貸与され、鉄道スクエアに設置された

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「ED70 1」西日本(60Hz)区間初の交流電気機関車
1957年に三菱電機で製造され、最後は敦賀第2機関区に配属。田村~敦賀間を往復した

機関車展示室の壁に、明治20年代の東海道線各駅の写真が展示されている。私の仕事場の最寄り駅、大森駅の写真もあって、今とは比べものにならないほど小さな駅舎だ。解説文に「お雇い外国人の官舎を移築転用した」とある。新築よりめんどうな気がするけれども、この方が低予算だったとしたら、明治政府の懐具合も知れるというもの。あるいは「もったいないから使おう」かもしれない。地元の駅の秘密を滋賀県で知る、それがなんとも愉しい。

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柳ヶ瀬駅の配線図。開通時はプラットホーム2面2線で
のちに単式プラットホーム1面になった

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O形のジオラマの内側に入れる
北陸線と東海道線の電化かせテーマのようだが、なぜかE5系が走っていた

もっと滞在して資料を読みたいけれど、そろそろ次の目的地に向かわなくてはいけない。残念ながら図録の販売はないそうだ。図録があれば記念になるし、見落としや細かい文字で読めなかった資料も読める。制作には時間も費用もかかるけれど、展示品に変更がなければずっと使えるわけで、作らない売らないは、もったいないと思う。

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旧北国街道沿いの黒壁スクエア

長浜鉄道スクエアを出て左へ進み踏切を渡る。ちなみに右に進むと旧港湾で、現在は長浜城の周辺も併せて埋め立てられ、公園になっているという。長浜城は豊臣秀吉が初めて建てた城で、信長の長をいただいて長浜城とした。それが長浜という地名となった。それ以前は今浜といった。しかし今回は城をじっくり観る暇がない。私は長浜駅に向かい、駅前を通り過ぎて街に入った。長浜の観光名所の一つ、「黒壁スクエア」を見物しつつ、なにか昼飯代わりにつまもうと思っていた。

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旧第百三十銀行長浜支店の建物。現在はガラスの美術館
第百三十銀行は大坂で設立され、
日露戦争中に主な取引先の日本紡績が経営悪化し
共倒れとなって破綻した銀行王の安田善次郎が再建し、後に安田銀行に組み入れられた
安田銀行は後に富士銀行となり、第一勧業銀行、日本興業銀行と合併してみずほ銀行となった

「黒壁スクエア」は北国街道沿いの建物一帯で、中心地は江戸時代に高札を掲げた札の辻である。宿場町として栄え、建物のほとんどが壁に黒い漆喰を使っている。ただし間口が広くて、開店中は「黒壁」は見えない。黒壁の最初のシンボルは、札の辻の一角に建てられた「第百三十銀行」の建物だ。この建物が取り壊されるとなったときに地元有志が立ち上がり、周辺の古民家も含めて街全体を博物館のようにするプロジェクトが始まったという。

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NAGAHAMA TOWER 5階建て
タワー部分には入れず、5階が展望室だったという

古民家の内部は土産屋、カフェ、レストランなど新しい。歴史のある建物に原宿の竹下通りを押し込めたようで落ち着かない。すこし離れると、こんどは昭和期の古いビルがある。3階の壁にNAGAHAMA TOWERとある。こちらの方が親しみが湧く。展望台なら上がってみようと思ったけれど、1階には居酒屋があるだけで、タワーの入口がわからなかった。来た道とは別の道を長浜駅まで戻ろうとしたら、古民家の門から恐竜が顔を出している。面白い組み合わせだと思ったら、海洋堂が運営する「海洋堂フィギュアミュージアム黒壁龍遊館」だ。世界初のフィギュア博物館とのこと。立寄りたいが時間切れである。今の私は鉄道の歴史で満腹だった。次の機会にしよう。

長浜は鉄道の歴史だけではなかった。どちらかと言えば豊臣秀吉ゆかりの地であるけれど、黒壁スクエアの見どころも多い。旧北陸本線の旅のスタート地点としてふさわしい。ホテルも琵琶湖畔のリゾートタイプから、私が泊まったビジネスホテルまで各グレードがある。まずは長浜を1泊2日で楽しみ、敦賀に向かうルートが良さそうだ。

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海洋堂フィギュアミュージアム黒壁龍遊館

…つづく

 

第753回の行程地図(地理院地図を加工)
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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
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マイナビニュース
ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ 

■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』

列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』
ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
杉山淳一 著

『みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック (LOGiN BOOKS)』
みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック
杉山淳一 著


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