■フロンティア時代のアンチヒーローたち 〜西部アウトロー列伝



佐野 草介
(さの そうすけ)



海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

■貿易風の吹く島から
〜カリブ海のヨットマンからの電子メール
[全157回]




第1回〜第50回までのバックナンバー

第51回〜第100回までのバックナンバー

第101回:アルゼンチン時代のブッチからの手紙
第102回:キッズとエッタ、故郷に舞い戻る
第103回:ロック・アイランド列車強盗の真相



■更新予定日:毎週木曜日

第104回:追う者の執念〜ピンカートン探偵社

更新日2008/11/06


キッズとエッタは1902年8月9日にブエノス・アイレスに着き、お気に入りのホテル・ヨーロッパで5日間過ごし、それからブッチが留守をしているパタゴニア、チョリラへ向かった。

3人組の生活は、パタゴニアのガウチョたちの基準で測れば、それなりの地主階級のものだった。土地の人間は石造りの家に住みたがったが、彼らの家はアメリカ西部のスタイルのログキャビンだった。この地方では珍しい上げ下げ式のガラスの窓をアメリカから取り寄せ付けていたのがユニークだったが、生活そのものはアメリカ開拓部落並か、それ以下だった。

牧場の経営は、豊富な資金と偶然にめぐり合った優秀なガウチョの助けで、非常にうまくいっていたといってよい。牛と羊は一年半で倍になったし、灌漑用水路も整備し、アンデスからの清流を利用できた。国境を越えチリへ牛を運ぶ方が遠く離れたブエノス・アイレスへ運ぶよりはるかに近く、3倍以上の値が付くことを知り、アンデスを越えチリで牛を売りさばく算段をしたりしている。最もコレは4,000メートルの峠が立ちはだかっているので実現しなかったが。

ブッチはエスクエル(Esquel)の村祭りに出かけ、彼の限られたスペイン語で近隣の牧場主やガウチョたちと陽気に騒ぎ、挙句村のその手の女性と一夜を過ごして帰ってくのが唯一の娯楽だった。人間が好きなブッチにとって、牛と羊以外会話できる相手がいない生活、得意の冗談を飛ばす相手もおらず、相手の冗談も分らない状況が、次第に彼の精神を蝕んでいったとしても驚くに当たらない。 

ブッチは刺激と娯楽を求め、チュバート川の向こう側にある町トレリュー(Trelew)まで足を伸ばしてさえいる。馬で数日かかる距離だが、キャンプしながらの旅をブッチはとても楽しんでいたようだ。

チョリラの生活は、荒野を駆け巡ったアウトローにとって、島流しに遭ったようなものだったろう。 銀行襲撃や列車強盗の緊張と計画通りにコトが運んだときの開放感、サローンバーでの陽気な馬鹿騒ぎ、気心の知れあった仲間と際限のない冗談の言い合いなどはチョリラにはなかった。

ピンカートン探偵社のディマイオは、キッズとエッタがアルゼンチン去ったことを知っても諦めなかった。ブッチとキッズを追跡し逮捕する資金は、ユニオンパシフィック鉄道とアメリカン銀行協会だったが、2社ともブッチとキッズがアルゼンチンへ行ってしまい、パタゴニアの辺地で開拓生活をするなら、それ以上追い詰める必要はない、逆に二人を逮捕してアメリカに連れ戻せば、必ずワイルドバンチの残党が大掛かりな脱獄救出作戦を展開するだろうし、二人が野に放たれれば、復讐戦として銀行と鉄道を襲うのは火を見るより明らかだ、と恐れをなしたのだ。

ブッチとキッズがアルゼンチンでおとなしく牧場を経営するのもヨシ、その土地で銀行、鉄道強盗を再会したところで、それはアルゼンチンの問題だと、スポンサーの2社は捜査費打ち切りという現実的な決断を下したのだ。

営利事業である私立探偵社ピンカートンがどのような判断で、調査継続を決定したかわからない。大者の逮捕劇は探偵社の宣伝になるし、ピンカートン探偵社の国際的発展につながるとでもよんだのだろうか。社主のロバート・ピンカートンは、5,000ドルの特別予算を組み、自腹を切ってまでブッチとキッズの逮捕に賭けることにしたのだった。

ディマイオは社主直々のバックアップでブエノス・アイレスまで行っている。ブッチとキッズの写真入でスペイン語の"お尋ね者"ポスターを大量にばら撒き、またアルゼンチンの警察にも二人組みがいかに危険な人物であり、アメリカで多くの強盗を繰り広げてきたか、彼らの手口などを宣伝して歩いた。また、ディマイオはキッズとエッタがホテル・ヨーロッパに8月15日まで滞在し、キッズが8月14日に銀行から残額すべてを引き出し、パタゴニアへ向かったことなどを調べ上げた。

一私立探偵社の要求をアルゼンチン警察がどれだけ真剣に受け止めたか、恐らく聞き流す程度だったろう。しかし、ピンカートンが説明したブッチとキッズの手口で、銀行、列車強盗が頻発し始めたところから警察の態度が変わった。当時の南米は、丁度1860-1980年代のアメリカのように移民を大量に受け入れ、その中に自国で逮捕状の出ているお尋ね者、流れ者も多かった。広がりすぎた土地の隅々まで警察権は及ばなかったのが、犯罪を増長していた。

このときまで、ブッチとキッズは死ぬほど退屈なパタゴニアの開拓民の生活に耐え、牛と馬、羊を相手に暮らしていたのだが、身に覚えのない強盗事件のためアルゼンチンの警察がチョリラの3人組の周囲を嗅ぎ回りだしたのだ。

-つづく

 

 

第105回:グリンゴー 〜盗賊団と呼ばれたアウトロー

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