第21回:Butch Cassidy_代理保安官たちの追跡
更新日2007/03/15
サンミゲル群のシェリフ、ビーティ(James A. Beattie)は西部劇でおなじみの追跡団をすぐに組織し、同時にトムが牧場を持っているコルテス村があるモンテスマ群にも連絡を取った。モンテスマ群のシェリフ、ラヴ(J.C.Love)も即座に追跡団を組んだ。強盗団がコルテス近くにあるトムの牧場に逃げ込むか、立ち寄る可能性を踏まえての対策である。
追跡団を組織するは常にこのような非常時だし、どこの町にしろ非常事態はそうしばしば起きるものではない。テリュライドにしろ、その後現在に至るまで大掛りな銀行強盗は二度と発生していない。
当然のことだが追跡団を作るときに混乱があった。まず、ボランティアを募り、彼らの能力に応じて、先行グループ、乗り継ぎ馬の補給グループ、キャンプ、食料の運搬グループなどに分け、シェリフが彼らを代理保安官(deputy)として任命し、銀色に輝く星バッジを胸につけさせ、逮捕権、殺傷権を与える。即座におっとり刀で馬にまたがりライフル片手に馬を飛ばすようなわけにはいかないのだ。
ボランティアの金物屋のオッサン、サロンバーのオーナーやバーテンダー、近くの牧場の牧童たち、役人、血の気は多いが乗馬も射撃もなっていない烏合をまとめてチームをつくるのだ。混乱して当たり前の状況だ。それにもかかわらずこの追跡団は全体としてとてもよく組織されたといってよい。
周到な準備をし、乗り換え馬のリレー基地を事前に設定し、次々とフレッシュな馬で飛ばすプロのカウボーイ盗賊団に対し、追跡団はあと一歩、時間にして10数分のところまで接近していたのだ。もっとも追う側も追われる側もそのことを知ることがなかったが、盗賊団がサンファン連山で火のないキャンプで一夜を越している間に、追っ手の方は夜を徹して足跡を辿っていたので、意外に接近したのだった。
この危うい出会いがなかったのは両者にとって幸運だった。両者が遭遇していたなら多くの死傷者が出たことは確実だ。そしてその大多数はボランティアの速成代理保安官たちだったろう。

Ice lake付近。当時の間道、抜け道のいくつかは、
今、整備されハイキングコースとなって使われている。
それにしても3,000メートルの高地を登り降り
しながらの山越えはキツイく長い。
余談だが、と気取ることもないが、何種類かのピストルを試し撃ちしたことがある。競技用のグリップのしっかりした反動の少ない銃で、教えられた通り上から両手で拝むように握ったピストルを下ろし、標的が照準に乗ったとき絞るようにトリッガーを引いた。が、なんと輪が描いてある1メートル四方はあろうかという台紙にさえ当たらなかった。標的の距離を10メートルくらいまで近づけてもらい、やっと台紙に当たったが、真ん中の黒塗りの円を射抜くことは神業にも等しいことだと知った。
ところが、田舎の射撃大会で2位、3位に入賞したりしなかったりの師匠格はユッタリと構えてゆるやかに撃ち、百発百中とは行かないまでも95発くらいは真ん中を捉えるのだ。私との差は天地、雲泥を通り越し、絶望的と言ってよいくらいのものだった。
そして西部劇時代のリボルバー、44と45(口径)も撃たせてもらった。反動と音の大きさは手首と頭がしびれるくらいのものだった。撃鉄を親指で起こすときにピストルは不安定に揺れ、それから異常に重い鉄の固まりのようなリボルバーをやおら持ち上げ、狙いを定めようとするのだが、ユラユラと焦点定まらず、もちろん的にはかすりもしなかった。
師匠格は、「お前の腕なら、10メートル離れていたら、俺は逃げて見せるぞ」と嘲笑したものだ。荒川静香さんと同じスケート靴を履いたからといって、素人がトリプルトールもイナバウアーもできないのと同じだ。
ブッチ、マット、トムの3人はあらゆる意味でプロのカウボーイであり、ガンマンだった。彼らの射撃の腕は大げさに、まるで神業のように語り継がれているが、話し半分、4分の1に聞いても、速成のボランティア代理保安官集団の敵ではなかったろう。
この中で一番拳銃が下手で拳銃を抜くことがほとんどなかったブッチでさえも素人とはかけ離れた腕を持っており、空中に投げ上げた空き缶が地上に落ちる前に6連発のすべて缶を射抜くようなことを余興でやっている。
この追跡に総勢何名が参加したか分からないが、非常に大掛りな追跡団だったようで、テリュライドの町の年次会計報告に900ドルの出費が記載されている。
シェリフ、ビーティは2昼夜の追跡の後、足跡を見失い一部の追跡者を残して一旦町に引き上げた。現場検証をし、証人の調書を取り、被害総額を確定するためだ。盗まれた総額はいまだにはっきりしないが、少ないところで、20,700ドル、多い推定で22,580ドルで、銀行屋さんしっかり帳簿を付けなさいよと言いたくなる。現在のお金に換算すると500,000ドルから700,000ドルに相当する。

Sneffels山。テリュライドはこの山の西にある。
ビーティはサンミゲル群のシェリフであることは前に書いたが、テリュライドの町のシェリフ、ジム・クラーク(Jim
Clark)の方は"都合よいことに"町を離れていたのだ。テリュライドのシェリフ、ジムは陰影が多く、南北戦争の後も残存していた南軍崩れのテログループに加わっていたり、きな臭さが常に漂ってる人物だった。
西部史で勇名をはせたガニソン群のシェリフ、ドッグ(Doc Shores、ドッグ・ホリディとは別人)は後日、ジムから聞いた話として、テリュライドの犯行の日に町を離れていることの見返りとして、ブッチ・グループから奪った総額の10%、2,200ドルを受け取る約束をかわしていたことを伝えている。
ジムへの不在感謝料は逃走経路の所定の場所に隠し置くことになっていたというのだ。もちろんジムは否定している。この逸話はいかにも周到なブッチのやりそうなことだし、暗い過去を引きずっているジムなら受けそうなおいしい話だが、事実かどうかは分からない。ドッグの回想談を信じるかどうかだけだ。
事件の6日後、マンコス群にサロンバーを持つバート(Bert Madden)の腹違いの弟、ビル( Bill Madden)が事件に関与していたとして逮捕された。見張り役として逃走を助けた疑いがもたれたのだ。ビルがブッチ・グループと親交があったのは事実だが、具体的な証拠がなく釈放されている。
また、マットとトムの下で牧童として働いていたニール(Neil Olson)、ジョージ(George Brown
)、マットの競馬グループでジョッキーを務めていたジョニー(Johnny Nicholson)も相次いで逮捕された。彼らがリレー馬の準備に関与していたことは確実だが、マットたちは乗り捨てた馬を彼らに売ったとする売買証書まであらかじめ作成して残しており、乗り換えリレー馬はれっきとした合法的な馬の売買となるよう根回しがしてあり、彼らは全員証拠不十分で不起訴、釈放となっている。
ブッチたちは6回(7回と見る向きもあるが)馬を乗り換え、緑多いサンファン連山を抜け、乾燥しきったユタ州の高原台地にあるモンテチェロ郊外のカーリスリー牧場へと逃げ込んだのだった。だが、そこからまたワイオミングとの州境の隠れ家、ブラウンズパークまで600マイル以上の荒野の逃避行を続けなければならなかった。
…-つづく
第22回:Butch
Cassidy_ナゾの第4の男

