■よりみち〜編集後記

 


■更新予定日:毎週木曜日


 

 

 

 

 


更新日2007/04/12


誰でもショックを受けた経験が多かれ少なかれあるはずだが、予測していなかったり、考えてもみないことが起こったりするときに人はショック状態に陥る。最近、私の事務所が入っているビルでボヤ騒ぎがあって、その昔、私がニューヨークで旅行資金を貯めるために日本レストランで働いていた時のことをフラッシュバックのように思い出した。クイーンズ地区にあるフラッシングというニューヨーク郊外のベッドタウンで、その当時、日本人商社マンなど日系人が多く住んでいた関係で日本の食料品を扱う日系スーパーや日本レストラン、そしてラーメン屋などが数軒並んでいて、ちょっとした日系通りになっていた。中南米から北上してきてほとんど無一文の状態だった私は、マンハッタンでウェイターの仕事を探すも、ほとんどが満杯で入り込める余地がなかったが、運良くこのフラッシングの小さな日本レストランにウェイターの仕事を見つけたのだった。2ヶ月ほど働いて、ニューヨークの生活にも慣れ始め、レストランの雰囲気にも溶け込め、やっとお金も余裕がでてきた矢先のことだった。いつものように夜の仕事も終わり、後片付けを終え午後12時頃に「また明日!」と仕事仲間に別れを告げた。そして翌日の朝、いつものように出勤してきた私の目の前には何台もの消防車の回転する赤色灯とあわただしく動き回る消防士たちの姿、そして昨夜別れを告げた私が働いていた日本レストランの無残に燃え尽きた真っ黒の残骸があった。近くに行ってみると屋根も完全に抜け落ち、やたらに青い空が印象的で、瓦礫の廃墟から見る青空がまぶしかった。仕事仲間も集まっていたが、誰もがショック状態で何を話していいものやらといった感じだ。その一人が、ぽつんと「プロの放火らしいよ」と教えてくれて、昨夜の火の始末が心配になっていたことから開放してくれた。このレストランの日本人オーナーの姿もあったが、当然のことながら意気消沈して放心状態だった。また誰かが、「先週、火災保険を解約して違う保険に加入する寸前だったらしいよ」という情報を教えてくれた。どうも地上げのためのプロの放火というのが真相のようだった。明日からどうしようと考えている自分がいるのだが、身体中の力が抜けて全く考える余裕などなく、ただ青い空を眺めるばかりだった。このときのショック状態がしばらくトラウマのようになって、夜中に悪夢で突然目覚めたりした記憶がある。その後、仕事を求めてはるかロングアイランドの日本レストランに片道2時間かけて通ったり、マンハッタンのレストランを数軒渡り歩くことになり、私のレストラン行脚が始まったのだが、時々、フラッシングの日本レストランの平和な日々がなつかしく思い出された。この放火事件以来、消防車の赤色灯を見るとドキッとして、心臓が高鳴るようになってしまった。これがトラウマというヤツなのだろう。もう二度と火事だけは身近で起こって欲しくないものである。(K

 

 

 


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