■よりみち〜編集後記

 


■更新予定日:毎週木曜日


 

 

 

 

 


更新日2006/03/02


若いときの旅のことが最近よく夢に出てくるようになった。「なぜ自分はこんなところを歩いているんだろう?」というところで目が覚めたりする。これは自分にとって精神的に疲れている兆候で、ゆっくりとした波のように寄せては返すを繰り返すうちになんとなく消えていくことも分かっているので、あまり真剣に考えたことはなかったのだが、「旅」になぜ突然出たくなるのか最近ある録音番組を聞いて分かったように思えた。iTune Musicサイトで偶然出会ったのだが、「Radio SOTOKOTO」 の中の「オオヤユウスケの北京知音探訪」というのがあって、解説では、「鳥や虫の声が響き、壮大な景色が広がる万里の長城。活力みなぎる暮らしの音でいっぱいの胡洞。美しい声でさえずる画眉鳥の愛好家が集う朝の公園……。」をフィールド・レコーディング・トリップしたというのだが、なんのことはない「旅の音」なのだ。興味のない人には、どこがよいのかさっぱり分からない世界で、かなりマニアックな感じもするのだが、ごく普通の日常が切り取られた音源だけで、想像の旅を楽しめることが分かった。野鳥のさえずりや街角の雑踏の音、下町の午後のおばさんたちの世間話、公園で遊ぶ子供たちの声など、旅に出るともう一つの別の世界での日常の音で体中が満杯になるのだ。旅の醍醐味は、「五感」の中でも「音」が重要なファクターを占めている。そして「匂い」も忘れてはならない。外国人が成田空港に降り立ってまず感じる匂いが「醤油」だとよく耳にする。お隣の韓国は「ニンニク」、インドはもちろん「カレー」というように、その国特有の「匂い」がすることも確かだ。一番旅で好みが分かれるのが「味」だ。これはあまりに個人差があって、好みに合う合わないかは極端だ。アラブの国々では、羊肉が得意でない人には地獄のような毎日になるかもしれないし、カレーがだめな人はインドでは生存自体が危ぶまれる。水の飲み方を含めて旅の基本は「郷に入っては郷に従え」であり、擬態的な同化を楽しむ感覚が要求される。食事が合わない国を旅するのはとても大変なことで、味噌汁がだめな外国人が日本を理解できるか疑問に思えるのと同様に、その国の食事が嫌いな人はその国の本質?(ちょっと大げさか)は理解できないように思える。旅は若いうちにするしかないと思う。理由は簡単である。歳をとるということは妥協することを覚えることであり、すぐに計画など変えてしまうし、自分の感性など無視してしまうだろう。第一、旅で一番大切な「好奇心」が年齢とともに弱まるので、探究心や出会いの感動も薄くなるはずだ。大いなる散歩と瞑想、そして出会いの連続である「旅」の贅沢さを50歳を過ぎてその価値を理解できたというのは、あまりに遅すぎたようである。

 

 

 

 

waragutsu
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11/19/2005更新
 
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