第19回:ニワトリ泥棒更新日2006/07/06
お祖父さんの牧場は、フロンティアにあったわけではありません。すでに開拓された牧草畑や農地、放牧地に囲まれていました。しかし、クリーク沿いには鬱蒼とした(難しい漢字ですね、とてもパソコンの助けなしには書けません)森や林が手付かずのまま残っていました。
昼でも薄暗い森に分け入るのは、どこか神秘の世界に足を踏み込むような気がしたものです。いつも遊ぶクリークまではウイルカーおじさんがブッシュを切り倒し、うるしの木などを引き抜き、道を作ってくれていましたが、そこから先は鹿の道と呼んでいるケモノ道をたどって奥へ、奥へと進んでいくことになります。
実際、鹿は増えすぎているくらいたくさんいました。フェンスを優雅にジャンプして農園に入り込んでくる鹿も多く、果物の木は鹿の口が届く範囲は未熟な果物も小枝もきれいに刈り取られたようになってしまいます。
お父さんが子供の頃にはまだ熊や狼が出没し、独りで決して森に入ってはいけない、大きな音を出す鐘を鳴らすか、ラッパを吹いて森の中を歩かなければいけないと強く言いきかされたそうですし、熊が豚小屋を襲ったこともあったそうです。
私が育った頃には熊は昔話になっていましたが、秋から冬にかけて見通しの聞く草原を野生の静かさで歩いていく狼は目にしたものです。狼の遠吠えが冷たい空気に響き渡ると、犬たちもそれに応えるかのように一斉に吠え始めたものでした。
鶏小屋までは母屋から70から80メートル離れていました。昼間は金網を張った囲いに放し、夜だけ小屋に追い込みます。囲いは簡単に巻き取り、季節によって、移動することができるようになっていました。収穫が終わった菜園に放ち、まだいくばくか残っている野菜や豆類の残りを食べてもらい、ついでに貴重な肥料を撒き散らしてもらおうというのです。
鶏は卵を人間にかすみ盗られ、いつも自分が盗まれる運命にあるかわいそうな動物のようです。
そんな金網の柵ですから、いたるところに抜け穴があり、加えて金網の下の地面を小動物が少し掘ればいとも容易に侵入できるようなしろものです。鶏もよく柵の外に逃げてしまいました。
逃げても夜までに鶏小屋に帰ってくればよいのですが、たいていの場合、野生動物に食べられてしまいます。敵は狼、狐、ラクーン(狸)、コヨーテです。そのために番犬を飼っていましたが、飢えた野生動物の知恵と動きにはとてもかなうものではありません。
夜中に犬が吠え始め、鶏がグワッ、カッカと天地がひっくり返ったかのような大騒ぎを始めたら、何者かが鶏小屋に侵入したサインです。お祖父さんかお父さんが鉄砲を持って駆けつけますが、たいてい小屋は荒らされた後で、修羅場を見つけるだけに終わります。番犬がどこか遠くまで、狐、狼、ラクーンなど、そのときの泥棒を追いかけながら、吠えているのが聞こえるだけです。
迷い鶏を捕まえたのでしょう、グッタリと息絶えたニワトリをくわえた狐が草原を横切っていくのを昼の日中に見たこともあります。まだ小さかった私は、夜中に起きて鶏小屋の惨状を見たことはありません。翌朝、散らばった鶏の羽や血を何度か見たことがあります。そんな朝には卵はほとんどありませんでした。卵を産むにはユッタリとした環境が必要なのでしょう。
典型的な狐の襲い方は、まず一匹が鶏小屋に近づき犬どもの注意をひきつけ、アワヤというところで逃げます。犬は勇んで狐を追いかけます。犬が充分離れたところでもう一匹の狐が登場し、邪魔者のいなくなった鶏小屋に楽々と入り込み殺戮し、持ち帰るわけです。
お持ち帰りはニワトリ一羽ですが、小屋に侵入した狐(だけではなく狼もラクーンも)は持ち帰ることができる数以上に当たりかまわず噛み付き、たくさんの鶏を殺してしまうのです。
そんな日の食卓にはフライドチキンかチキンヌードルが上ることになります。お祖父さんは、「我々も狐と同じメニューだが、ヴェルマーばあさんのようにおいしく料理はしていないだろうね」と、悔しさを冗談めかして言っていました。

弟のトミーが森でラクーンの赤ちゃんを見つけ、しばらく育てたことがあります。3ヶ月くらいまではとても可愛らしく、良いペットでしたが5ヶ月を過ぎる頃から、次第に野生に目覚めるのでしょうか、鋭い爪で引っかいたり、噛み付くようになり、森に放してやりました。何度かトミーのラクーンらしきラクーン(どれも同じように見えますよね)が、家や納屋の近くで見かけましたが、翌春3匹の仔ラクーンを引き連れてポーチにやってきたのです。
これは絶対にトミーが可愛がっていたラクーンでしょうね。
-…つづく
第20回:家系の話 その1

