方丈記 第十五回
そもそも、この場所に住み始めた時には、とりあえず、ほんの少しのあいだ、と思っていたのだけれども、いつのまにか、もう五年の歳月が過ぎてしまった。単なる仮住まいと思っていた庵も、いまではもう、なんだか故郷のように、もともとここに住んでいたかのように思われてきて、軒には枯れた木の葉が厚く積み重なっているし、柱の土台の石には苔も生えている。
たまたま聞き及ぶ都の便りによれば、どうやら、私がこの場所に移り住んできてから後に亡くなられた、高貴な方々がずいぶんといらっしゃるらしい。だとしたら、そういう身分にはない、名もない人々が、どれほどたくさんこの世を去っていかれたかなど、知るよしもないことだろう。
たび重なる火災で家が燃えてしまった人も、どんなにいるだろうと思うけれども、この私の、粗末なつくりの庵に限っては、静かでのどかなばかりで、火事などとても起こりそうにない。
いくら狭いとはいっても、夜に寝るために横になる所には木の床があり、昼のあいだ座って書物を読んだりする場所もある。自分一人が寝起きするにはまったく不足などない。
ヤドカリは、自分の体に合った小さな貝を好んで家にするけれども、これはヤドカリが物事を良く知っているからだと思える。
私も同じように、物事の道理を知り、この世の中で生きて行くということがどういうことかを良く知ったならば、余計なことを願ったりせず、あくせくしたりもしないだろう。
そんなことを想うにつけ、ただただ、平穏で静かに生きていくことだけを望み、心に憂いのない暮らしを楽しむのが何よりだと思えてくる。
※文中の色文字は鴨長明が用いた用語をそのまま用いています。
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