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■ジャック・カロを知っていますか? ~バロックの時代に銅版画のあらゆる可能性を展開した天才版画家とその作品を巡る随想


更新日2022/06/02 


 

第26回:ブレダ包囲戦




即位してすぐに大公の地位を夫に奪い取られてしまったニコル・ド・ロレーヌやファルスブール公など、ロレーヌ公国の重要人物に、精緻な大判版画を捧げても一向にお呼びがかからなかったカロですけれども、その技術力と表現力が思いもかけないところから評価され、極めて重要な画題《テーマ》の大作の制作依頼が飛び込んできました。

発注者はイザベル・クララ・エウヘニア・デ・アウストリア、スペイン帝国王フェリッペ二世の娘です。聡明で、女性でありながら父の側近として公務を助け、父の死後、遺言によって、トレド大司教で彼女と結婚するためにローマ教皇に大司教の座を辞して還俗した夫のアルブレヒトと共に、スペイン帝国副王としてスペイン領ネーデルランドの総督(在位1601-33)となった女性です。

スペインの王がフェリッペ二世(在位1556-98)からフェリッペ三世(在位1598-1621)、そしてフェリッペ四世(在位1621-65)へと受け継がれるなかで、名君としてスペイン帝国の最重要拠点のネーデルランドを治めましたが、とりわけ芸術や文化に対する造詣や理解が深く、多くの芸術家のパトロンとしてフランドルのバロック文化興隆の立役者となり、その黄金時代を築き上げました。

それに関しては、フェリッペ二世から四世の、スペイン帝国の歴代の王の一つの文化的伝統かもしれません。この時代は勢力的には、レコンキスタを成し遂げ、またコロンブスを派遣してアメリカ大陸を支配下に置いたイザベルとフェルナンドの両王や、神聖ローマ帝国のカール五世を兼務したカルロス一世(在位1516-56)の後を引き継いで、フェリッペ二世が、太陽が沈まない国と言われたスペイン帝国最盛期を築いた頃から、その権勢が勢いを失い始めた衰退期に当たります。ただ文化的には黄金時代であって、とりわけフェリッペ4世は、若きベラスケスをいち早く認めて、宮廷画家として生涯自らの親友として側に置き、現在のプラド美術館のコレクションの大半を占める芸術作品を収集し、ベラスケス(1599-1660)をはじめスルバラン(1598-1664)やムリーリョ(1617-1682)やリベラ(1591-1652)などの画家のみならず、ロペ・デ・ベガ(1562-1635)やカルデロン(1600-81)やゴンゴラ(1561-1627)などの文筆家を含め、スペインバロックの黄金時代の大パトロンとしての働きをしたことにおいて極めて優れた王でした。同じようにイザベルもまた、ルーベンスを宮廷画家兼外交官としたことを見てもわかるように芸術を強く擁護しました。

旧来の歴史観、とりわけ近世までは、他国との戦争に勝ったり、それによって領土を拡大したりした王が一般的に優れた王だとされてきました。したがって歴史は戦争、あるいはその勝者に重点を置いて記されてきましたから、領土拡大の意欲を持たない王や戦争をしない王、さらには領土を奪われるような王は、愚かな王だとされました。

しかしこれは歴史を侵略戦争を中心に描くからで、もし文化の興隆というような観点から見れば全く異なる景色が見えてきます。たとえばフェリッペ四世は、一般的には凡庸な王であったとされていますが、しかし文化を愛し多くの芸術家の活躍の場を創ったということにおいては間違いなく傑出した賢王でした。

もちろんカルロス一世(カール五世)の時代に、武力とローマ教皇に象徴されるカトリック教会の権威を後ろ盾に世界を制覇したスペイン帝国は、神聖ローマ帝国と合体してヨーロッパの大部分を統治しながら、その領土防衛のためにアメリカ大陸から吸い上げた富を湯水のように使って次第に衰退していきました。

とりわけカトリック教会の権威主義に反発するマーティン・ルター(1483-1546)に端を発する、いわゆるプロテスタントによる宗教改革勢力の拡大と、貿易や技術革新や金融によって次第に力を増してきたイギリスやネーデルランドなどの新興勢力が次第に力を増してきたことにより、各地でスペインの支配に対する反乱が起き、その鎮圧にスペイン帝国はますます力を削がれることになりました。

なかでも商業や手工業が盛んで豊かだったネーデルランドは、スペインの支配から脱して独立を目指すべく各地で暴動を起こし、それを鎮圧するためにスペインが軍隊を派遣、いわゆる80年戦争(1568-1648)が始まります。特に北部の7州は独立派の勢いが強く、1600年頃までにはほぼ独立状態となり、ネーデルランド連邦共和国と自らを称して独立国家の道を歩み始めました。イザベルが統治する、現在のベルギーやルクセンブルグを含む南部ネーデルランドとの間で停戦協定が結ばれましたが、連邦共和国は独自の東インド会社を設立してイギリスと競合し、日本までも射程に入れたアジア貿易を行い始め、またポルトガルから香料の貿易権を奪うなど、ますます力を強めたため、ネーデルランド北部はスペインの悩みの種でした。

つまりネーデルランドは、旧宗主国でありカトリック教会を擁護するスペイン帝国とネーデルランド連邦共和国やイギリスなどの新教に組し商業や科学技術を重視する地域との、新旧の勢力のせめぎ合いの象徴ともいうべき場所となっていて、なかでも北部の中心都市アムステルダムと南部諸都市との中間点にある頑強な城塞都市ブレダは双方の戦略的最重要都市でした。

このような状況の中でスペインは12年間の停戦協約が過ぎるのを待って何度かブレダに兵を送り、遂に1624年8月にスペインは、アンブロジオ・スピノラ将軍(1569-1630)率いる3万の大軍を送ってブレダを攻めます。この戦いにおいてスピノラ将軍は城塞都市を力攻めして双方に多くの被害を出すことを避け、約1年にわたりブレダを二重に包囲する作戦をとります。

内側の包囲網はブレダ城からの兵を迎え撃つためであり、外側の包囲網は援軍を阻止するためでした。この鉄壁の包囲戦が功を奏して1625年にプレダは降伏し開城することになりました。

この成果によってスピノラは名将として歴史に名を残すことになりましたが、それより何より、この戦勝はスペイン帝国にとって極めて大きな意味を持っていました。日増しに勢いを増していた反スペイン帝国勢力に対して歯止めをかけ、スペイン帝国いまだ健在ということを知らしめる役割を果たしたからです。ですから、スペイン帝国とネーデルランドが、この記念すべき勝利を敵味方を問わず多方面に宣伝しようとしたのは当然でした。

そしてその重要な役割が、二人の天才画家に委ねられました。ベラスケスとカロです。ちなみにこの時のスペイン王はフェリッペ四世、ネーデルランドの総督はスペイン副王でもあった先先代のスペイン王フェリッペ二世の娘イザベルでした。

ベラスケスは若くしてその才能を認められ24歳で国王直属の宮廷画家になりました。生活のために絵を描く必要がなかったために、ベラスケスは王が必要とする絵か、自分が描きたいと思った絵しか描く必要がなく、しかも王の命を受け、今日のプラド美術館の母体となる王宮コレクションの蒐集を兼ねてイタリアに滞在して、ルネサンスやバロックの絵画を自らの目で視るという経験を経て、人間と絵画との関係のありようの不思議さを極限まで追求した絵画表現史における最高傑作、唯一無二の『ラス・メニーナス』を描き遺した天才です(拙著『天才たちのスペイン(未知谷刊)』で言及)。

そしてベラスケスは、スペインにとって記念すべき勝利であるプレダ攻城戦を、縦3.18m、横2.76mの巨大な油絵『ブレダの開城』、通称『槍』という作品に描きました。この作品ではベラスケスは勝者であるスピノラが、馬から降りて敗軍の将でありブレダの領主であるユスティヌスと同じ立ち姿で向かい合い、しかも城門の鍵をスピノラに手渡そうとするユスティヌスをいたわるかのように、あるいは労をねぎらうかのように相手の目を見つめて肩に手を置いている場面が描かれています。

たとえ一時はスペインに敵対したとしても、潔く負けを認めれば、スペインは相手を敬意を持って騎士として遇すると言っているかのようです。当時はヨーロッパ中の王侯貴族が必死に情勢に目を配りながら自らの立ち位置を見極めようとしていましたから、この絵が新旧どちらの側につこうかと悩んでいた者の気持ちを左右したこともあったかもしれません。

ただ、『ブレダの開城』が描かれたのはブレダ開城からから10年目の1635年であり、しかもこのような巨大な油絵を目にすることができるのは宮廷を訪れた人だけですが版画は違います。そこに版画というメディアの特性と、ほぼリアルタイムで描かれ多くの人の目に触れたカロの作品の重要性があります。

前置きが長くなりましたが、このような背景の中で、カロの描写力に目をつけたイザベルは、カロに縦1.23m、横1.405mの巨大な版画を発注しました。もちろんそんな大きな銅版画をつくるのは不可能なので、6枚の版画をはり合わせる形になっています。イザベルはその作品を250部カロに依頼しました。そうして制作されたのが『ブレダ包囲戦』(1628)です。

もちろんロレーヌなどとは比較にならない力と権威を持ったネーデルランドからの正式の発注ですから、どんなに頑張ってロレーヌ公国に版画を献上しても、ほとんど無視され続けてきたカロにしてみれば、まるで天から降ってきたような幸運な仕事です。支払金額も多かったでしょうし、それにも増して重要なことは、刷られた250部の貼り合わされた大きな版画が、ネーデルランドから公式に、さまざまな国のしかるべき人に届けられたということです。しかもフェリッペ四世と共にスペイン王家の文化的伝統を受け継ぐイザベル・クララ・エウヘニア・デ・アウストリアは当代一の目利きです。その人のお墨付きを得たのですから、カロにとってはヨーロッパ随一の超一流の版画師という称号をもらったようなものです。カロはこの作品の制作のために何度も現地を訪れました。

ではカロが描いた『ブレダ包囲戦』を見てみましょう。最初は6点の版画を張り合わせた全体像。順に、中心部分に描かれた城塞都市ブレダ、全体像の右下の版画、中央の版画、左下の版画です。


26-01
ブレダ包囲戦全体


26-02
ブレダ中心

26-03
右下の版画


26-04
中央下の版画


26-05
左下の版画.

 

6枚の版画が貼り合わされた全体像は、絵全体が額に収められているように描かれていて、この作品が多くの人々に見せるための記念碑的な油絵作品、いわゆるタブローを意識していたことがわかりますし、上方のタイトルにもそう彫り込まれています。画面の中に多くの番号が小さく記されていて、その簡単な説明が下方に文字で記されています。絵を見ればブレダが城壁と堅固な砦に護られた城塞都市だったことや、二重の包囲網がなされていることもよくわかります。全体的に実に詳細に表現されていて、3万のスペイン軍の半分くらいの兵が描き込まれているのではないかと思われますが、とても数えきれるものではありません。驚くべきは、その全てがカロの手によって彫られたということです。

さらに注目すべきは、この版画においてカロが実現している表現方法です。版画の上部は建築の図面でいうところの、いわゆる平面図的に描かれていますが、下部は立面図のように描かれていて、その二つの手法が合体されているにも関わらず、それがカロの技量によって不自然には見えないようになっていることです。実に巧みな工夫です。

平面図的な部分では城塞都市ブレダを空中から俯瞰したように描かれています。そのことによって都市の全容と、それを包囲するスペイン軍の陣形が非常によくわかります。しかしそれだけでは地図のようになってしまい絵としての面白みに欠けるので、版画の下方に行くに従って緩やかに立面図的な表現につながり、さらに一番下の方ではカロが得意とする手前の人物や騎馬や景色を大きく描く方法を採り、このことによって絵に臨場感が生まれています。

よく見るとブレダの城壁内部の動線や城壁の外側に堀が張り巡らされているのがわかりますが、これは平面図的な地図のような表現だからできることです。

右下の版画では、幾つもの方形に寄り集まった兵士の集団が描かれています。この方陣はスペイン帝国軍が誇る、外側に銃を持った兵士を配し、その中に大勢の長い槍を持った兵士を密集させたテルシオという陣形で、大きなテルシオは一個で300人もの槍兵を擁していたようですから、この武器の塊のような陣形が槍を水平に構えて前進するテルシオの攻撃は敵を圧倒する迫力があったようです。

しかしこれは騎士の槍試合を戦闘集団化したようなもので、双方に騎士的な精神がまだ残っていたこの時代には強力でしたが、やがて銃撃戦が勝敗を決する時代になると、次第に戦闘力を失っていきます。ちなみに織田信長が武田の騎馬軍団に鉄砲隊を全面に出した戦法で破った長篠の戦いは1575年、カロが描いた包囲戦の50年前です。

右下の版画にはテルシオの他に、無数の騎馬兵や歩兵や馬車などが描かれています。ブレダに向かう多くの軍隊の隊列が見えますし、何台もの豪華な天蓋付きの馬車がブレダに向かって進んでいる様子が描かれていますが、これは開場したブレダの街に今まさに入場しようとしているネーデルランド総督イザベルを乗せた馬車でしょう。なお、最も手前に描かれている帽子をかぶって馬に乗った人物がスピノラ将軍です。

中央下の版画には、忍耐戦ともいうべき包囲戦に動員されている兵士たちの日常の姿が描かれています。多くの野営のためのテントが見えますし、大きな樹の下の将校たちはどうやら賭け事に夢中のようです。食料を運ぶ荷車もあれば、樹の左側には民家のようなものがあり、そこには豚かなにかを奪っている兵士の姿のようなものも描かれています。また民家の奥には誰かが軍規を犯しでもしたのか、一人の男が吊るし上げられていますが、その側の銃を持つ兵士の銃身は男に向けられているようです。逃げる家畜の群れを追う人や、背負い棒に家畜をくくりつけて運んでいる二人組など、とにかくありとあらゆる兵士たちの日常が事細かに描かれていて、思わずため息が出るほどのカロの超絶技巧です。

左下の版画には運河を行く船や畑や農家が描かれていて、農家の家畜が奪い去られようとしているようです。その後ろでひざまずいている人は慈悲を乞うているのでしょうか。手を取り合って逃げる男女を後ろから鉄砲で撃とうとしている兵士がいて、義足の人がその様子を見つめています。同じ人間が敵と味方に色分けされて戦う戦争というものは所詮そういうもので、両軍が激突して戦い合えば双方に多くの死傷者を出しますが、ブレダ包囲戦のように、たとえ戦闘そのものは少なかったとしても、それでも敵と味方に分かれて対峙していることには変わりがありません。籠城する方には飢餓が発生するでしょうし、城の周りに住む人たちは敵側の人々とみなされます。とりわけ長期戦ともなれば、兵糧などはその多くが現地調達されたでしょうから、このようなことがいたるところで行われていたのでしょう。一番手前の棒を持った人は右手にどうやらコンパスを持っているようですから、この人たちは測量士なのでしょう。

とにかくカロは、ブレダの街や様々な陣形や勝利を収めて入場する人々など、スペインとイザベルのネーデルランドがこの戦に勝ったことを表す最低限の要素はもちろんのこと、それ以外の、兵士たちの蛮行を含め、通常の戦勝画には描かれないようなこともふんだんに、あらゆることをつぶさに描いています。つまりこの一枚の絵の中には、時にはユーモアさえ交えて、この戦をめぐる様々な時空間とその現実がニュートラルに集約され、カロならではの表現で描かれています。

ちなみにカロはこの作品に関しては、刷った版画を注文通りイザベルに納めましたけれども、原版は手元に置き、それを刷って自らの作品として売りました。

また忘れてはならないのは、スペイン副王であるイザベルの注文を受けて作品を創るということは、スペインと親戚関係に基づく同盟国のフランスの王位を奪おうという野望を抱いたロレーヌのシャルル4世に公然と敵対、あるいはその存在を無視するということ、つまりカロはロレーヌ公国との関係を、この作品の制作を機に見限ったということです。それは同時にカロの版画家としての全くの自立の宣言を意味しました。


-…つづく


 

 

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谷口 江里也
(たにぐち・えりや)
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本や歌や建築、さらには自治体や企業のシンボリックプロジェクトなどの、広い意味での空間創造を仕事とする表現哲学詩人、ヴィジョンアーキテクト。
主な著作に『鏡の向こうのつづれ織り』『鳥たちの夜』『空間構想事始』『天才たちのスペイン』、主な建築作品に『東京銀座資生堂ビル』『ラゾーナ川崎プラザ』『レストランikra』などがある。
なお音楽作品として、シンガーソングライター音羽信の作品として、アルバム『わすれがたみ』『OTOWA SHIN 2』などがある。

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バックナンバー
第1回:ジャック・カロを知っていますか?
第2回:カロの最初の版画
第3回:ローマでのカロ
第4回:フィレンツェでの幸運な出会い
第5回:最初の公的な仕事
第6回:地獄絵図
第7回:愛のキューピットがトスカーナにやってくる
第8回:祝祭都市フィレンツェ
第9回:ジャック・カロの発見
第10回:独自の路を歩み始めたカロ
第11回:劇的空間
第12回:聖アントニウスの誘惑
第13回:版画集『きまぐれ』
第14回:トスカーナの風景
第15回:三人の役者
第16回:聖地巡礼報告書
第17回:トスカーナの暮らし
第18回:ボヘミアン
第19回:スフェサニアの舞踏
第20回:異形の人々
第21回:男爵大将
第22回:ロレーヌ公国での仕事
第23回:ロレーヌの貴族たち
第24回:三点の大判版画
第25回:宮廷槍試合

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